藤本邦彦公式サイト/ココロとカラダに効くブログ

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2013年9月22日

ヌーソロジー・半田広宣氏に聞く「太陽系とは何か?」

前回の続きをアップします!

第2回目は「太陽系とは何か?」です。
ヌーソロジー独自の視点から、太陽系を語って頂きました。

*ヌースレクチャーの第1回目は、7月21日に行われ、会場には沢山の方が参加され大盛況でした。次回の開催は、9月22日(日) 渋谷 金属労働会館で、13時から17時まで行われます。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。参加希望の方は、ライトスタッフ 03-3725-3022
藤本まで、お電話ください。

以下インタビュー記事です。


藤本:いよいよ「東京ヌースレクチャー」が7月より月に一度定期的に開催されることになりました。ヌーソロジーファンの皆様は待ち望んでいたと思います。さらにパワーアップしたレクチャーが楽しみですね。何年ぶりですか?

半田:約10年ぶりになるよね(笑)。今回のレクチャーシリーズはすごいですよ。10年の間、ヌースは休んでいたわけではなくて、ものすごい進歩を遂げています。だから、以前のシリーズでよく分からなかった人も、今回はかなり分かりやすいと感じるのではないかと思います。2013年以降、人間の意識がどう変わっていくか、巷でアセンションとか呼ばれているものの本質が何なのか。日本人の霊性がこれから世界に向けて果たして行く役割など、いろいろなことがヌーソロジーという精神と物質を統合した宇宙体系から語られて行くことになると思います。スピリチュアル系あり、哲学あり、科学あり、神秘学ありで、様々な側面からヌーソロジーを解説していくつもりなので、皆さん、こぞってご参加下さい。

藤本:さて今回のインタビューから、テーマを決めて半田さんにお話をお聞きします。今回は「太陽系とは何か?」についてです。ヌーソロジーでは、2013年に太陽系の最終構成が終わり、新しい太陽系が生まれるって言われていますね。私たちが現在思っている太陽系とヌーソロジーが語る太陽系の違いって何なんでしょう?

半田:常識的な宇宙観では太陽系というのは約46億年ぐらい前に宇宙空間のガスやチリが重力によって集まってできたと考られているわけだけど、ヌーソロジーでは全く違うんだよね。太陽系というのは人間の無意識構造を運動させていく高次元の精神の構造体だと考えるんだ。ちょうど占星術も太陽系を人間の霊的な構造体として考えるよね。それに似ているかな。もっともヌーソロジーの場合は、そうした単なるオカルティックなものではなくて、なぜ、そうなのかというロジックを持って語っていくわけだけど。

藤本:ヌーソロジーでは、物質は高次元意識の投影だといつも言っていますが、太陽系もそうだということですね。人間が存在しないと太陽系も存在しないという考えでいいのでしょうか?

半田:そうだね。人間が存在しないと太陽系も存在しないし、太陽系が存在しないと人間も存在しない。これは別に科学のように生物を進化させる環境が太陽系の地球という惑星において偶然にも整ったとかいうことではなくて、物質や生命を作っている大本の力は目に見えない精神(霊的な力)側にあるということなんだ。その力にはある秩序立てられた構造があって、その構造が物質としては太陽系として見えているということを言っている。

藤本:太陽系は太陽を中心として、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8個の惑星から成り立っていますよね。それぞれの惑星について、ヌーソロジーが解き明かす新しい考え方をお聞きしたいのですが、まずは太陽とは何なのですか?

半田:一言でいうと人間の自我を成立させる働きを持つ無意識の核のようなものだね。

藤本:自我とは、身体以外の無意識を含めての自分と言われていますよね。その核となるものが太陽ということは、自我は太陽によって存在し、太陽は自我によって存在しているってことですか?

半田:そう、太陽がなければ自我は存在しないし、自我がなければ太陽も存在しない。精神と物質の間にある表裏一体の関係を代表するものと考えていいと思うよ。

藤本:太陽は、自我を成立させる核であるならば、その他の惑星は、どんな存在なのか気になるところですね。具体的にお聞きしたいのですが、月の存在をヌーソロジーとしては、どう捉えているのですか?

半田:月は眠った太陽の働きと考えるといいと思うよ。昔の人は太陽を文字通り太陽、月を太陰と呼んでいたよね。太陽が表ならば月は裏、太陽が男なら月は女。日本の神話では太陽はアマテラスで女性性、月はツクヨミで男性性。いずれにしろ両性として補完し合う関係になってるよね。さっき太陽は人間の自我を意味するといったけど、これは人間の意識に明確に現れた「わたしはわたしである」という自我を支える根底的な力、つまり、理性の力を象徴している。でも月は逆なんだ。そうした理性とは逆に人間の中には自分でもよく把握できないような無意識が眠っているよね。要は夜寝ているときに夢を見させているような意識の世界。月はこうした隠された眠れる無意識の力を象徴している。人間の意識はこうした陽と陰の二つの大きな意識の働きの在り方によって成り立っていると考えるといいよ。

藤本:なるほど、だから月は夜に現れる...。夢の世界は、すごく興味があるのですが次回に回します。では火星はどう捉えるのでしょうか?

半田:火星は太陽が二つ重なった状態、つまり、二つの自我が同じ空間を占めたときの場を支えている力の現れだね。つまり、自我が他の自我を感じ取るときの意識の場所と考えると分かりやすいかもしれない。だから、ここでは、対立が起こることになる。昔から火星が戦いの星とされるのもこのためなんだね。と言っても、火星が悪い星ということじゃない。戦いの相手は時にはライバルでもあるのだから、自我を成長させるためには戦いも必要で、火星は二つの異なる自我の力を二重化させて、自我を育て、明確に確立させる意味も持っているんだよね。

藤本:自我の存在を支える、それぞれの惑星があるってことですね。この紙面では、全部の惑星のことは、ご紹介できないと思いますので、紙面が許す限りお聞かせください。残りは、ぜひレクチャーでお願いします。では、次に水星についてお聞かせいただけますか?

半田:水星は金星とちょうど対照的な働きを持っているから、一緒に説明した方が手っ取り早いかな。水星と金星はちょうど、言葉と知覚の関係にあると思っていいよ。言葉の働きを支えているのが水星で、知覚の働きを支えているのが金星。だから、水星は外在的な客観意識を受け持っていて、金星は内在的な主観意識を受け持っているとも言えるね。その意味で水星は男性的で、金星は女性的。人間が持った知性と感性の働きの対照性に対応している。この両方のバランスを持って、太陽=すなわち自我、そして意思的なものが確立していくという仕組みになっている。シンプルでしょ。もっとも、こうしたことは、昔から占星術師たちが言っていることではあるけど(笑)。

藤本:では、木星についてお聞かせください。

半田:木星はジュビター、愛の惑星と呼ばれているように、人間の内在的な自己が互いにつながりを持って一つになっている場所だね。簡単に言うと「こころで一つに繋がっているところ」。人間の良心なんかも木星の働きで生まれている。内的な集合意識の場というと分かりやすいんじゃなかろうか。

藤本:太陽や惑星が人間の自我を支えているものだと考えると、とてもダイナミックですね。宇宙と自分が繋がっているんだとリアリティをもって感じます。最後に土星と地球についてお聞かせください。

半田:土星はちょうど木星と正反対の意識の場を作っているところだね。つまり、内在的な自己ではなく、外在的な自己がつながりを持っている場の力とでも言うのか。社会や国家、そして人間が作る組織集団とかにはすべてこの土星の力が宿っていると思っていいよ。木星が「愛」なら、土星は「道徳」のようなものかな。よく「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いかけがあるけど、木星的意識は「それは人を殺したくないから」と答えるのに対し、土星的意識は「それは人を殺してはいけないから」と答えると考えるといいよね。木星が心が持った本能としての慈愛をベースにするのに対して、土星は社会的な「義務」や「権利」を通して集団化を考えさせるんだ。だから、殺人犯に対しても木星的なものが情状酌量を訴えるのに対し、土星的なものは断固たる処置を要求する。木星と土星はそうした母性的な感覚と父性的な感覚に対応しているわけだね。
地球は、すべての意識のもととなる物質世界そのものを意味している。より正確に言うと、知覚がなくても物質世界が外部にあると感じさせている意識の働きというのかな。そういった素朴実在論的な存在感覚を提供しているものだね。でも、この場所があらゆる意識の成り立ちの中心になっている。単純化していうと物質世界を支える意識の力と言っていいと思うよ。

藤本:天王星・海王星までは、聞けなくて残念でした。ヌーソロジーの宇宙観が少しわかりました。レクチャー楽しみにしています。ありがとうございました。

投稿者: ライトスタッフサイト管理者 日時: 17:26| パーマリンク

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2013年8月 8日

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 『アイス眠EX』は放熱性が非常に高い高分子ポリエチレンを特殊繊維と
 組み合わせています。
 
 その為身体に触れる部分が「ひんやり」として、寝入りの寝苦しさを解消。
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 暑苦しい夜を快適に。冷んやりサラサラで肌触りも優しい。
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 3、窓用断熱コーティングスプレー「寒い暑いその時」

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 窓用断熱スプレー『寒い暑いその時』は窓にスプレーするだけで、
 熱を抑えるコーティングスプレーです。

 暑い季節には、明り採り用の窓やリビングの窓に使えば室内の温度の
 上昇を抑えます。

 28℃のクーラー設定温度では、日差しの強い部屋では体感としてかなり
 暑く感じます。しかし『寒い暑いその時』を使えば、日差しによる温度
 上昇を抑えるため、体感温度を涼しくさせ、電気代までも抑えます。

 クーラー効率を上げることは"低すぎる設定温度による健康の悪影響"
 と"節電"に繋がりますので、まさしく健康と環境を考えたエコ商品です。

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 4、食べるシルク「シルクフィブロイン」ダイエットに!

silk.jpg

 『シルクフィブロイン』はその名の通り、絹(シルク)の成分を配合した
 ゼリータイプのサプリです。
 シルクって食べられるの?!と驚きの方もいらっしゃるかもしれせんが、
 絹(シルク)の主成分はたんばく質で豊富なアミノ酸を含む優秀な成分。

 東京農業大学では、絹(シルク)の脂肪吸着機能について医療研究が進めら
 れており、その過程の中で生まれた製品こそが
 この『シルクフィブロイン』なのです。

 この「食べるシルク」の特徴は脂肪や体内の不純物を吸着して外に流すこと。
 食事前に摂ることで普段の食事を変えることなく、
 太る要素を無理なくコントロールできます。

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 5、カロリー約34%カット『毎日こんにゃく米ダイエット』

konnyaku.jpg

 低カロリーで食物繊維豊富、
 健康に良いダイエット食材として知られるこんにゃく。
 
 これまでもご飯に混ぜるタイプのこんにゃく(粒こんにゃく)はありましたが、
 形・味・食感が大きく異なるため、ご飯代わりには到底食べにくいものでした。

 しかし、『毎日こんにゃく米ダイエット』は
 従来の欠点を改良した新しいダイエット食品です。
 お米に混ぜて使うのは従来通りですが、異なるのはお米と一緒に炊いても
 米本来の味を損なわないこと。香りもご飯らしさを損なわず、
 見た目もつやつやふっくらと炊きあがります。

 冷凍したり、チャーハンやおにぎりにしても、食感は変わりません。
 ダイエット目的の方はもちろんのこと、美容とお通じの悩みにも。

 ▼詳しくはこちら
 http://www.right-net.co.jp/silkdiet/

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 15:06| パーマリンク | トラックバック (0)

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2013年8月 7日

ヌーソロジー・半田広宣氏に聞く「太陽系とは何か?」

前回の続きをアップします!

第2回目は「太陽系とは何か?」です。
ヌーソロジー独自の視点から、太陽系を語って頂きました。

*ヌースレクチャーの第1回目は、7月21日に行われ、会場には沢山の方が参加され大盛況でした。次回の開催は、9月22日(日) 渋谷 金属労働会館で、13時から17時まで行われます。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。参加希望の方は、ライトスタッフ 03-3725-3022
藤本まで、お電話ください。

以下インタビュー記事です。


藤本:いよいよ「東京ヌースレクチャー」が7月より月に一度定期的に開催されることになりました。ヌーソロジーファンの皆様は待ち望んでいたと思います。さらにパワーアップしたレクチャーが楽しみですね。何年ぶりですか?

半田:約10年ぶりになるよね(笑)。今回のレクチャーシリーズはすごいですよ。10年の間、ヌースは休んでいたわけではなくて、ものすごい進歩を遂げています。だから、以前のシリーズでよく分からなかった人も、今回はかなり分かりやすいと感じるのではないかと思います。2013年以降、人間の意識がどう変わっていくか、巷でアセンションとか呼ばれているものの本質が何なのか。日本人の霊性がこれから世界に向けて果たして行く役割など、いろいろなことがヌーソロジーという精神と物質を統合した宇宙体系から語られて行くことになると思います。スピリチュアル系あり、哲学あり、科学あり、神秘学ありで、様々な側面からヌーソロジーを解説していくつもりなので、皆さん、こぞってご参加下さい。

藤本:さて今回のインタビューから、テーマを決めて半田さんにお話をお聞きします。今回は「太陽系とは何か?」についてです。ヌーソロジーでは、2013年に太陽系の最終構成が終わり、新しい太陽系が生まれるって言われていますね。私たちが現在思っている太陽系とヌーソロジーが語る太陽系の違いって何なんでしょう?

半田:常識的な宇宙観では太陽系というのは約46億年ぐらい前に宇宙空間のガスやチリが重力によって集まってできたと考られているわけだけど、ヌーソロジーでは全く違うんだよね。太陽系というのは人間の無意識構造を運動させていく高次元の精神の構造体だと考えるんだ。ちょうど占星術も太陽系を人間の霊的な構造体として考えるよね。それに似ているかな。もっともヌーソロジーの場合は、そうした単なるオカルティックなものではなくて、なぜ、そうなのかというロジックを持って語っていくわけだけど。

藤本:ヌーソロジーでは、物質は高次元意識の投影だといつも言っていますが、太陽系もそうだということですね。人間が存在しないと太陽系も存在しないという考えでいいのでしょうか?

半田:そうだね。人間が存在しないと太陽系も存在しないし、太陽系が存在しないと人間も存在しない。これは別に科学のように生物を進化させる環境が太陽系の地球という惑星において偶然にも整ったとかいうことではなくて、物質や生命を作っている大本の力は目に見えない精神(霊的な力)側にあるということなんだ。その力にはある秩序立てられた構造があって、その構造が物質としては太陽系として見えているということを言っている。

藤本:太陽系は太陽を中心として、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8個の惑星から成り立っていますよね。それぞれの惑星について、ヌーソロジーが解き明かす新しい考え方をお聞きしたいのですが、まずは太陽とは何なのですか?

半田:一言でいうと人間の自我を成立させる働きを持つ無意識の核のようなものだね。

藤本:自我とは、身体以外の無意識を含めての自分と言われていますよね。その核となるものが太陽ということは、自我は太陽によって存在し、太陽は自我によって存在しているってことですか?

半田:そう、太陽がなければ自我は存在しないし、自我がなければ太陽も存在しない。精神と物質の間にある表裏一体の関係を代表するものと考えていいと思うよ。

藤本:太陽は、自我を成立させる核であるならば、その他の惑星は、どんな存在なのか気になるところですね。具体的にお聞きしたいのですが、月の存在をヌーソロジーとしては、どう捉えているのですか?

半田:月は眠った太陽の働きと考えるといいと思うよ。昔の人は太陽を文字通り太陽、月を太陰と呼んでいたよね。太陽が表ならば月は裏、太陽が男なら月は女。日本の神話では太陽はアマテラスで女性性、月はツクヨミで男性性。いずれにしろ両性として補完し合う関係になってるよね。さっき太陽は人間の自我を意味するといったけど、これは人間の意識に明確に現れた「わたしはわたしである」という自我を支える根底的な力、つまり、理性の力を象徴している。でも月は逆なんだ。そうした理性とは逆に人間の中には自分でもよく把握できないような無意識が眠っているよね。要は夜寝ているときに夢を見させているような意識の世界。月はこうした隠された眠れる無意識の力を象徴している。人間の意識はこうした陽と陰の二つの大きな意識の働きの在り方によって成り立っていると考えるといいよ。

藤本:なるほど、だから月は夜に現れる...。夢の世界は、すごく興味があるのですが次回に回します。では火星はどう捉えるのでしょうか?

半田:火星は太陽が二つ重なった状態、つまり、二つの自我が同じ空間を占めたときの場を支えている力の現れだね。つまり、自我が他の自我を感じ取るときの意識の場所と考えると分かりやすいかもしれない。だから、ここでは、対立が起こることになる。昔から火星が戦いの星とされるのもこのためなんだね。と言っても、火星が悪い星ということじゃない。戦いの相手は時にはライバルでもあるのだから、自我を成長させるためには戦いも必要で、火星は二つの異なる自我の力を二重化させて、自我を育て、明確に確立させる意味も持っているんだよね。

藤本:自我の存在を支える、それぞれの惑星があるってことですね。この紙面では、全部の惑星のことは、ご紹介できないと思いますので、紙面が許す限りお聞かせください。残りは、ぜひレクチャーでお願いします。では、次に水星についてお聞かせいただけますか?

半田:水星は金星とちょうど対照的な働きを持っているから、一緒に説明した方が手っ取り早いかな。水星と金星はちょうど、言葉と知覚の関係にあると思っていいよ。言葉の働きを支えているのが水星で、知覚の働きを支えているのが金星。だから、水星は外在的な客観意識を受け持っていて、金星は内在的な主観意識を受け持っているとも言えるね。その意味で水星は男性的で、金星は女性的。人間が持った知性と感性の働きの対照性に対応している。この両方のバランスを持って、太陽=すなわち自我、そして意思的なものが確立していくという仕組みになっている。シンプルでしょ。もっとも、こうしたことは、昔から占星術師たちが言っていることではあるけど(笑)。

藤本:では、木星についてお聞かせください。

半田:木星はジュビター、愛の惑星と呼ばれているように、人間の内在的な自己が互いにつながりを持って一つになっている場所だね。簡単に言うと「こころで一つに繋がっているところ」。人間の良心なんかも木星の働きで生まれている。内的な集合意識の場というと分かりやすいんじゃなかろうか。

藤本:太陽や惑星が人間の自我を支えているものだと考えると、とてもダイナミックですね。宇宙と自分が繋がっているんだとリアリティをもって感じます。最後に土星と地球についてお聞かせください。

半田:土星はちょうど木星と正反対の意識の場を作っているところだね。つまり、内在的な自己ではなく、外在的な自己がつながりを持っている場の力とでも言うのか。社会や国家、そして人間が作る組織集団とかにはすべてこの土星の力が宿っていると思っていいよ。木星が「愛」なら、土星は「道徳」のようなものかな。よく「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いかけがあるけど、木星的意識は「それは人を殺したくないから」と答えるのに対し、土星的意識は「それは人を殺してはいけないから」と答えると考えるといいよね。木星が心が持った本能としての慈愛をベースにするのに対して、土星は社会的な「義務」や「権利」を通して集団化を考えさせるんだ。だから、殺人犯に対しても木星的なものが情状酌量を訴えるのに対し、土星的なものは断固たる処置を要求する。木星と土星はそうした母性的な感覚と父性的な感覚に対応しているわけだね。
地球は、すべての意識のもととなる物質世界そのものを意味している。より正確に言うと、知覚がなくても物質世界が外部にあると感じさせている意識の働きというのかな。そういった素朴実在論的な存在感覚を提供しているものだね。でも、この場所があらゆる意識の成り立ちの中心になっている。単純化していうと物質世界を支える意識の力と言っていいと思うよ。

藤本:天王星・海王星までは、聞けなくて残念でした。ヌーソロジーの宇宙観が少しわかりました。レクチャー楽しみにしています。ありがとうございました。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 10:46| パーマリンク | トラックバック (0)

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ヌーソロジー・半田広宣氏に聞く「2013年以降の世界とは?」

株式会社ライトスタッフが発行しています情報誌『イキイキ生活通信』の記事をアップします。

興味のある方は、ぜひ読んでみてください。

「ヌーソロジー」を提唱している半田広宣氏を簡単に紹介します。

プロフィール/1956年福岡県生まれ。意識物理学者。92年より独自の宇宙論「ヌース理論」を提唱、ヌーススピリッツなどの心のサプリシリーズやヌース波動加工を施した様々な商品を開発製造している。著書に「2013:人類が神を見る日」「2013:シリウス革命」「光の箱舟」などがある。
10年ぶりに、東京ヌースレクチャーも再開しています。

以下、インタビュー記事です。


藤本: 半田さんが書いた「2013:人類が神を見る日」が1997年に出版されて15年経ちますね。そして来年は、いよいよ2013年に突入します。ヌーソロジーが提唱する2013年以降の世界観をじっくりと聞いていきたいと思います。半田さん宜しくお願いします。まずは、2012年が宇宙創生のある周期が終焉を向かえ、2013年から新たなる周期を迎えるということですよね。

半田: はい、ヌーソロジーの考え方ではそういうことになりますね。ヌーソロジーは『人類が神を見る日』でもおなじみのOCOT情報をベースに僕が構築している宇宙論ですが、OCOT情報では「2013年から人類の新しい時代が始まる」と明言しています。

藤本: ぼくも、一度お逢いしたことがあるのですが、マヤ暦研究家のホゼ・アグエリヤスさんの著書「マヤンファクター」に、2012年12月21日から「新しい太陽の時代」に入ると書いています。ヌーソロジーでは、「新たなる太陽の出現=太陽がふたつになる」と言ってますね。「ヌーソロジー」と「マヤの暦」とはかなり似ている部分がありますね。

半田: 宇宙観としてダブるところは確かにありますね。フンバツ・メンという伝統的マヤ民族の長老はマヤ人たちが七つの太陽系を旅してきたというようなことを言っていたのですが、この「七つの太陽系」というのは別の星系ではなくて、この僕らの太陽系自身の七つにわたる世代といったような意味です。OCOT情報も今の太陽系は第七番目の太陽系次元だと言ってます。空間ではなく時間の営みとして次元を見るという宇宙観がとても似ていますね。

藤本: 「七つの太陽系=七つの次元」を旅してきた私達は、次の「八番目の次元」に旅立つということですね。ヌーソロジーで言う「タカヒマラテンプレート」のことですよね。次元の一周期とは一体どのような時間のことを言っているのでしょうか?

半田: マヤ歴と直接的には呼応していないんだけど、一周期が約1万3千年としています。だけど、この一周期というのは実は表と裏の表の周期だけの見方で、表裏を合わせると約2万6千年になります。つまり、メビウスの帯のように捩じれていて2回まわって元のところに戻ってくるんですよね。だから、さきほど言った「太陽系の七つにわたる世代」というのも、実は三つと半分といったような意味になるんですよね。

藤本: またその各次元[1~7次元]とは一体どのような次元なのでしょうか?
半田: これまたかなりとんだ話で申し訳ないんだけど、元素を作り出してきた次元という言い方をしているね。OCOT情報では僕らが元素と呼んでいるものは実は物質ではなくて精神なんですね。今、自然界には原子番号92番のウランまでが存在しているんだけど、これが今言った「三つと半分」の太陽系の七つの世代と直接関係しているんですよね。つまり、(26×3)+(26×0.5)......。いくつになるか計算してみて下さい。

藤本: えーと(26×3)+(26×0.5)=91になりますね。

半田: そうですね。92のウランに一つ足りない。でも、OCOT情報ではちゃんと辻褄は合っていて実は次のような仕組みになっているんですよね。メビウスの帯には捻れがあるでしょ。その捻れの部分が13〜14になっていて、それが裏側の1と2に繋がってるんですね。だから、表を1〜14までとすると、裏は13〜26までになる。そうやって表裏の二つの太陽系次元がカップリングで存在しています。だから、「三つと半分」の「半分」の部分は79〜92までの14で構成されていることになります。つまり、自然界に存在している元素が92番で打ち止めになっているのは、今までの太陽系次元が作り出してきた精神が物質として見えているということなんですよね。

藤本: あれー?92番目のウラン以降に、新しい元素がいくつか発見されているんですが・・・?それは、どのように解釈されるのですか?

半田: ウラン以降の元素は人間が人工的に作り出したものですが、これらの元素はOCOT情報によれば自然の生成の方向とは逆の方向を持ったもので、元素とは呼べないと言っていますね。あまりいいものではなさそうです。

藤本: 水素・ヘリウムから始まって原子番号92のウランまでは太陽系精神が作りだしたものだけど、93のネプツニウム以降は人間が人工的に作り出したもので、それらは本来の元素ではなく、あまりいいものではないってことですね。元素=精神ということは、今まで精神は7つの太陽系次元を通して自らの精神を進化させ、その影のようなものとして元素(物質)を創造してきた。
 では、2013年から宇宙が新しい8番目の太陽系次元に入っていくとするなら、これからの世界がどうなっていくのか?皆さんも凄く興味があるところだと思います。

半田: もちろん、このストーリーからすれば新しい元素の創造が始まると言えるのですが、単にこうした奇異な宇宙観に興味を抱くだけではなくて、それが一体どういうことを意味するのか、ということを一人一人が深く考える必要があると思うんですよね。
 今の教育は科学主義一辺倒で、宇宙はビッグバンで誕生し、人間はサルから進化してきて、今のような文明まで発達してきたと考えていますよね。OCOT情報はこうした世界観の崩壊が始まるのが2013年だと言ってるんですね。
 人間は別に物質から生まれてきたわけじゃなく、ちょうど古代人たちが口を揃えて言うように、何度も世界に登場しては何度も滅びている。ここには実は物質的意識と霊的意識の主導権の交替という事件が起こっているようなんです。
 OCOT情報が太陽系次元と呼んでいるのも、こうした物質と霊の果たす役割を順次、交替化させていく働きを持った構造を指して言っています。

藤本: 現代の有史以来の世界観が崩壊し、全く新しい世界観が生まれると言う事ですね。物質的意識と霊的意識の主導権の交替。それは何度も繰り返されていて、また2013年から変革が始まる。2万6千年目の変わり目ってことですか?その中で今生きているって凄いことですね。漠然とは分かるのですが、その中で私達人間は、どのようなイメージを持って思考をしなくては行けないのでしょうか?

半田: 僕ももちろん漠然としかイメージできないんですが、この霊的意識というのを掴むためには、まず自分の意識の底には不死なるものが息づいているというイメージが必要ですね。
 とにかく、今ここに生きているという意識は実は「ずぅーっと」続いているもので、その続いているものの上にとりあえず自分の意識が「ちょこん」と乗っかって働いている。哲学の言葉でいうと「持続」と言うんだけど、たとえ自分が死んだとしてもこの「ずぅーっと」続いている「持続」は死ぬことはない。
 僕なんかは、そうやって、自分の人生を見つめることをいつも心がけているのですが、この「ずぅーっと」続いているものが今までの宗教が言ってきた霊魂などといったような曖昧なものではなくて、2013年以降にはもっとはっきりとしたイメージで掴めてくるようになるんだと思います。

藤本: 今ここに自分が生きていることは過去(生前)も未来(死後)も繫がっている。そしてそれは、永遠に続くイメージですか?それは、自分の輪廻転生とは違うイメージですよね。今までに無い全く新しい観念だから、イメージし難いですね。

半田: 輪廻はその「ずぅーっと」続いているものが人間の死の経験の度に名札を付け替えたようなもので、名札を取ればその本性は同じ霊魂であると考えればいいだけだと思います。ただし、宗教が霊魂が輪廻をくり返していると言っているのは、今の人間にこの持続的な力を意識化することができないからであって、2013年以降はこの力が人間の意識にも上がってくるようになって、輪廻自体もなくなるというのがOCOT情報の内容なんですけどね。

藤本: 持続的な力を意識化すると、根底に流れる雄大な生命の営みが理解できるようなイメージはありますよね。現代の社会は、確かに刹那的で物質的な思考に満ち溢れ、全てがバラバラになっているように思えます。次世代の物質と霊の果たす役割の交替化は、私達にとって、とても良い方向だと思いますが、どうなんでしょうか?

半田: 死への恐れというのが僕らの感情を無意識的に支配しているんですね。自我の狭小さというのは、いつも根底にあるこの死への不安に由来しています。OCOT情報では2013年以降、この「死」の向こう側にある世界が見えてくるとも言います。「ずぅーっと」続いているものに意識が同調してくるならば、当然、そういうことになるのでしょう。
 今までは、こうした世界は涅槃だとか、天国だとか言われていたわけですが、そうした世界が意識に上ってくるとするならば、僕らは当然、死に対して恐怖は持たなくなるし、当然、自我の殻からも脱却できるようになるのでしょう。
 それは確かに「良い方向」には違いはないのですが、良い・悪いを超越したものとも言えますね。涅槃や天国の風景も、今まで宗教が言っていたものとは、ある意味で全く違ったものであることが分かってくると思います。そのイメージをクリアにしていくことがこの21世紀に生きる人間にとって一番、重要なことのように僕には思えて仕方ないんですけどね。

藤本:今回はヌーソロジー概論としてお話をお伺いしましたが、次回からはテーマを決めて、お話をお伺いします。ありがとうございました。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 10:33| パーマリンク | トラックバック (0)

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2013年5月27日

新発売!冷房の効きが良くなる「窓用省エネスプレー」

夏の暑さ対策に!
窓からの熱をカットする、注目のエコ・アイテム。
「寒い暑いその時」新発売!

使い方は簡単。
内側の窓をキレイにして、スプレーで吹きかけ拭くだけです。
日差しの強くなる午後には、室内で3~4度違います。
クーラー設定も温度を上げると、節電にもなります。

samuiatui.gif

400ml 1,980円

二年前の夏、震災後に電気不足で節電を考えました。
ホームセンターに行くと、荷物を包むプチプチを窓に貼ると節電が出来ると
たくさんの類似商品が販売されていました。

一軒家の窓全部に貼るためにたくさん購入してきました。約1万円くらい使いました。
1日仕事で、窓のサイズを測り、プチプチを切り、窓全部に貼りました。
かなりの作業でくたくたになりました。

このスプレータイプ「寒い暑いその時」であれば、
窓を内側からキレイに拭いてスプレーして拭くだけです。
とっても簡単に出来るし、お値段も安い!

この夏は、暑くなるようなので、ぜひお試しください。

詳しくは、こちらをクリック↓
http://www.right-net.co.jp/samuatu/


投稿者: 藤本 邦彦 日時: 15:40| パーマリンク | トラックバック (0)

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2013年4月25日

震災復興ボランティア活動報告Part3

ブログの更新が、かなりの期間していませんでした。
申し訳ございません。
月に一度、更新をして行きたいと思っていますので、
今後もよろしくお願いします。

陸前高田に、ボランティアに行かせていただいたのが、ちょうど一年前になります。
その活動報告は、弊社発行の「イキイキ生活通信」の紙面を借りてさせていただきましたが、
ブログにもアップします。昨年の記事になりますが、よろしくお願いします。

borannthia1.jpg

【ご報告】
皆様がライトスタッフの商品を買っていただいた売上の一部をNPO法人「遠野まごころネット」の活動支援金として寄附をさせていただきました。微力ではございますが、引き続き復興活動の支援を末長く続けていこうと思っています。これからも宜しくお願い申しあげます。

再び気仙町上長部地区
ふれあい広場に到着。

 ゴールデンウィークを利用して、二回目のボランティア活動に参加してきました。関東では桜が散ってしまいましたが、車を走らせていくと仙台くらいで桜が見られ、現地の岩手では桜が満開でした。桜を眺めながらのドライブは快適でしたが、陸前高田の街に入ると、桜の花は一本もなく、ただ一本松だけが立っていました。
 再び上長部町のふれあい広場に到着。前回と同様に「遠野まごころネット」のボランティア活動に参加しました。

前回紹介した材木製作所に
新しい機械が導入されていました。

 朝、上長部地区のふれあい広場に到着。今回も「遠野まごころネット」さんにお世話になります。区長さんから挨拶があり、スタッフの黒住さんから今回行なうボランティア活動についてのお話がありました。黒住さんは、岡山在住で、震災後すぐに奥様もお子様もいらっしゃるのに単身で岩手に入り、ボランティア活動を続けています。柔道をやっていて身体はがっしり、鬚づらで頼れる優しい兄貴みたいな方でした。
 前回のボランティア活動の時、丸太の皮むきをさせていただきましたが、その時にはまだ製材の機械は導入されていませんでした。今回は新しい機械が導入されていて、少しづつ前進しているんだなあと思い感動しました。地元のおじいさん達が、機械を動かし工場には、活気が溢れていました。少しだけですが、材木を運ぶお手伝いもさせていただきました。

畑を復活させる
肥料作りをしました。

 津波に襲われる前には、この近所にはあちらこちらに畑がありました。その畑を復活させるための肥料作りをさせていただきました。
 私達が来る前に、他のボランティアの方々が集められた落ち葉を先ずは、肥料小屋から一旦全部出します。そして改めて落ち葉を薄く肥料小屋に敷き詰めて川から水を運んできて、EM菌を混ぜてジョウロで撒きます。
 それを繰り返し繰り返し行い、もう一度肥料小屋に落ち葉を納める作業です。何日か放って置けば、落ち葉が肥料になるそうです。それを畑に撒いて、畑を復活させます。EM菌は、メーカーさんより全て無料で寄贈していただきました。

今回もやりました
側溝の土砂撤去!

 前回来た時に、はじめてやった作業が側溝の土砂撤去でした。今回は海岸のすぐ近くの作業場でした。活動開始前には、津波警報が出たら、作業を速やかに終えて高台に避難するように避難場所を教えていただきました。周りを見渡すと、高台には難を逃れて全然壊れていない家があり、また半壊している家もあります。高さの違いで被害が違っているのが分かります。
 側溝の土砂は、1年経ってそうとう硬くなっており、ツルハシでガンガン強く叩かないと崩れません。ツルハシで砕き、クワやスコップですくい上げます。
 側溝の土砂を撤去していると、いろんなものが出て来ます。お茶碗などの食器・缶詰め・ビールやワイン・釣具や漁の道具・仏具や文房具・お金や財布・ハサミやミシンなどなど・・・。いろいろなものが掘り出されました。震災前のこの地での、人々の生活が連想され心が痛みました。そんな作業の中、嬉しい出来事がありました。
 私たちが見つけた物の中に、何に使うか良く分からない道具の様なものがあり、みんなで「これは何に使うんだろう」って話しあっていました。
 すると近所の男性の方が二人来て、掘り出した土砂の中から何かを探していました。その中のひとりの男性の方が、先ほどの道具を手に持っていました。「何をされているんですか?」と声をかけてみました。するとその方の家が側溝のすぐ隣にあり、家ごと全てを津波に流されてしまったそうです。何か使えるものが無いかを探しているとのこと。
 「その手に持っている道具は何に使うものですか?」と尋ねてみました。「これは、一年前に、自分が作ったワカメ漁に使う道具で、漁師をしている友達にあげたものです。一年ぶりにこうして戻ってきました。ありがとうございます。」とぼそっと言ってくださいました。何だかこみ上げてくるものがありました。少しでもお役に立てて良かったと思いました。

未来商店街
オープンしました!

 いつも買出しに行くスーパーマーケットの前に、未来商店街がオープンしていました。陸前高田市では、仮設店舗が少しづつではありますが、増えて来ました!その中の店舗「ラフ」でお買物をさせていただきました。このお店は、石鹸やキャンドル・ストール・洋服や食品などを販売しています。震災後、東京から故郷に帰省して、事業を始めた娘さんがやっています。センスのいいグッズがたくさんありました。
 震災を機会に、自分の故郷を復興させるために若い人たちが頑張っている姿に感動しました。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 13:58| パーマリンク | トラックバック (0)

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2012年9月 4日

震災復興ボランティア活動報告Part2

今回は、NPO法人「遠野まごころネット」の方々と一緒に行なった具体的なボランティア活動のことや、そこで知り合った人々の情報をお届けいたします。

今回の活動場所
気仙町上長部地区に到着。
 

 一関の宿を出て車で約40分走ると陸前高田市に入ります。さらに5分ほど走ると、今回ボランティア活動をする場所・気仙町上長部地区があります。そこは長閑な小さな漁村でした。昨年3月の津波が、漁師さんたちの生活の全てを一瞬にしてもぎ取って行きました。1年経った今でも、漁港は津波の被害で壊滅状態のまま。一部の船を除いては、全く機能していませんでした。船を修復したり寄贈されたり助成金を受けて、少しづつではありますが、何とか漁に出られるようになっている漁師さんたちもいらっしゃいました。ワカメ漁も復活し、お魚工場も新しく建てかえられて稼動もしていましたが、復興には、まだまだ遠い道のりがあることを、現地を見て痛感しました。

 漁港を背に、海から1・5キロ位のところに「長部ふれあい広場」があります。今回の活動拠点となる場所です。津波は海から押し寄せ、数キロ離れた山里にも被害を及ぼしました。ふれあい広場も、津波が襲ってきた場所に建設さています。山肌を見ると津波が襲ってきたところが削られているのがよく分かります。上長部地区でも、十数名の方々が犠牲になりお亡くなりになっています。そこには、慰霊の碑が立てられていました。その横には公民館を建設する予定になっているそうです。

ふれあい広場の前のグラウンドで
少年野球をやっていました。

 ふれあい広場の前に、ボランティアの方々によりグラウンドが作られていました。そこで、地元の少年が野球をしている光景を見ました。彼らの通う学校には仮設住宅が建てられ、運動する場所がありません。だから仮設のグラウンドを作り、少年達が運動できるようにしています。元気に野球をして走り回っている少年達を見ていると少しほっとしますが、怖い思いをして今でも大変な体験をしているのだと思うと涙がこぼれそうになります。
 
 翌日には、そのグラウンドで地元のおじいちゃん達がグラウンドゴルフをしていました。おじいちゃんに「一緒にやろう」と誘われましたが、ボランティア活動優先でお断りさせていただきました。(笑)
 またその隣には、ボランティアの方々により畑が作られていました。畑を作った目的は、引きこもっているおじいちゃんやおばあちゃんに、いかにして家から外に出てもらうかという課題を解決するためです。

 1年経った今でこそ、少しは活力を取り戻し、外に出て運動したり活動をしたりできるお年寄りが増えましたが、被災当初は、働く場所・住む家を失い、また愛する人たちを亡くされて、かなり精神的に落ち込み、外に出る気力も無く家に引きこもってしまう人たちが多くいらっしゃいました。畑を作ることによって、地元のお年寄りが畑を見に来るようになり、素人がやっている姿を見てアドバイスをするようになり、「そんなんじゃダメだ」と言って手伝うようになったそうです。今では、近所のお年寄りの方々が畑の面倒を見ているそうです。そして個人所有だった畑の復興も始まりました。そのボランティア活動は、後ほど紹介します。

NPO法人遠野まごころネットの
スタッフにお話を聞きました。

 ふれあい広場にて、「遠野まごころネット」のスタッフの方々とお会いしました。そのスタッフの中の1人、稲田さんに色々なお話をお伺いすることができましたのでご紹介します。稲田さんは、新潟県の方です。中越地震の時、稲田さんは東京に住み、お仕事をされていたので、故郷が震災にあってもボランティア活動が出来なかったそうです。その時のボランティア活動をされていた方々の姿を見て、深く感謝をすると同時に、自分がその活動に参加できなかったことを悔しく思っていたそうです。
 
 今回、東日本大震災が起こり、いても立ってもいられなくなり、すぐに行動しました。東京から岩手県遠野市に入り、有志の方々と一緒にボランティア団体を結成し、陸前高田市で活動を開始。その後、そのボランティア団体はNPO法人「遠野まごころネット」として設立され、そのスタッフの一員として幅広くボランティア活動をされています。

 震災当初は、市役所も津波で流され、職員の方々も、かなりの方がお亡くなりになっていたので、ボランティア活動を指揮する人がいなくて大混乱をきたしていたそうです。救援物資が届きボランティアの人々は集まってくるけど、その物資を割り振る指示を出せる人(リーダー)が不在だったのです。テレビ放送では、物資が余っているという報道もされていましたね。余っていたのではなく、届けられていなかったということです。

 そこで、行政ボランティアが行動できずにいる中、民間ボランティアの「まごころネット」のメンバーは、自分達の判断で、物資を被災地に届けることが出来たそうです。縦割りの行政システムでは、緊急時の迅速な対応には、限界があるんだなと思いました。被災地に、即時緊急センターを配置し、ボランティア活動を指揮できる人を派遣することは出来なかったのでしょうか?近年起こった、神戸の地震や中越地震の教訓が活かされてないように思いました。

 1年経った今でも、行政システムは、フル活動されていないようです。大規模な瓦礫撤去や仮説住宅の建設などはすすんでいますが、被災地の現場のニーズを拾いきれていません。被災地は、大きな市や町だけではなく、近郊の小さな村々もあります。炊き出しや物資がほとんど届いていない地域も沢山あるそうです。

 稲田さんたちは、何ヶ月もかけて、歩いて被災地を回っています。宿泊所は被災された方々のお家に泊めてもらい、色々なお話をじっくり聞きます。被災者の方々の口は重く、ニーズを聞き出せるまで時間がかかるそうです。なぜなら、被災者の方々は、ボランティアが、何をしてくれるのか分からないことと、してもらおうとは思っていないからです。丁寧に話を聞き、話し合うことが出来てやっとポツリポツリと困っていることを話し始めるそうです。この地方の方々は、本当に謙虚で、辛抱強い方が多いんだなと感じました。テレビを見ていても、そのことが感じられる場面が多々ありました。

初めての作業は
側溝の土砂撤去でした。

 津波の土砂で、生活用水路が塞がれたままになっています。一年経った今でも、こんな場所がまだまだたくさんあります。私達が最初に行なった作業は、この土砂を撤去し、お水が流れるようにすることです。鍬とシャベルを使って、外に土砂を掻き出します。土砂は硬くてなかなか掘り出すことが出来ません。
 
 機械を使わずに人間だけの手作業って、ホントに効率が悪いですよね。大人10名で午前中(約3時間)くらい作業しましたが、きれいに出来たのは、ほんの数メートルくらいでした。まだまだ土砂で埋まっている側溝は、20メートルくらいは残っていました。お昼ご飯を食べて、続きをやる予定でしたが、雨が降ってきて午後からの作業は中止になりました。やる気満々でいましたので、作業中止は残念でした。

広田町「矢の浦公民館」での
おばあちゃん達との出会い!

 午後の作業が中止となりましたので、私達は急遽広田町の矢の浦公民館に向かうことにしました。そこは上長部より約30分、陸前高田市の中心街を抜け、丁度反対側に位置している、やはり小さな漁村町でした。今回、「お茶っ子隊」というボランティア活動(被災者の方々の交流と健康状況を見ること・メンタルケアが目的の活動)を行なっているところにお邪魔しました。

 公民館に入るとたくさんのおばあちゃん達がいらっしゃました。みなさん笑顔でわきあいあいとした雰囲気。そのなかに交じって二人の男性ボランティアスタッフの姿がありました。一人は、おばあちゃんと笑顔で話しをしながら、脈拍や血圧を計っていました。「うん、おばあちゃん大丈夫!元気だね!」
 
 私達のグループが急遽参加したので新しくテーブルを置き、お菓子とお茶を用意してくれました。僕の前に、二人のおばあちゃんが座ってくれました。「よく来てくれたね!これ私が作ったお菓子だよ!食べて!」と笑顔で快く迎え入れていただきました。そこでお二人のおばあちゃんに、震災の体験をいろいろとお聞かせいただきましのでご紹介します。お二人の体験談が僕の記憶の中で曖昧になっていますので合わせてご紹介させていただきます。

 震災当時はご自宅にいらっしゃいました。激しい揺れを体験し、ただ事ではないと思いました。津波情報の第一報は入ってきたのですが、津波の高さは避難するほどの高い数値では無かったそうです。「こんなに揺れて、そんなはずは無い。」と思いましたが避難せずに家に留まっていました。
 
 その後高さ十数メートルの津波が押し寄せ、家に襲い掛かってきたのです。本当に着の身着のまま、何も持たず外に飛び出し、命からがら家の裏手から高台に逃げ延びたそうです。波は足のくるぶしまで来ていて、もう少し逃げるのが遅かったら流されていたところでした。「今思えば、70歳を過ぎたおばあちゃんとしては、俊敏に良く身体が動いたと思いますよ。普段では越えられないような塀を軽々と越えていました。」と言ってお話をされていました。

 その後に見た光景は、自分が長年住みなれた家が津波に流されていく光景でした。一瞬にして家にあるもの全てを失ったのです。食べ物も・お金も・着る物も・布団も・食器や家具も・・・。自分の命だけはなんとか助かりました。その後、外出されていた娘さんとお孫さんが無事かどうかが、心配で心配で堪りませんでした。二人とも無事で再会できた時は抱き合って号泣されたそうです。

 笑顔でその体験をお話をされているお二人ですが、震災後1年を経てやっとここまでになられたそうです。それまでは、精神的なショックでうつ状態が続いていました。「何で?何で??あの津波さえ来なければ・・・」そんな事を繰り返し繰り返し考えてしまい、悲しくて苦して辛い毎日を過ごされていました。お話を聞きながら僕は、返す言葉も無く、涙をこらえながら、ただただ頷くことしかできませんでした。

ボランティアのみなさんには
本当に感謝の気持ちで一杯です。

 震災後、炊き出し・物資提供・瓦礫撤去・ヘルスケアやメンタルケアなどなど・・・。各地域でたくさんのボランティアの方々が活動されています。お二人から僕にも感謝の言葉を頂きました。おばあちゃんたち被災者の方々の元気を取り戻すお手伝いもボランティア活動の一環です。その切っ掛けを作ったエピソードをご紹介します。

 この『矢の浦公民館』に僕たちが来る事になったのは、今回一緒に来たアムリタハートのメンバーKさんと一人のおばあちゃんがお知り合いだったからです。Kさんが以前広田町にボランティア活動をしに来た時に、おばあちゃんと出逢いました。ボランティア活動の作業中に、声を掛けてきたそうです。作業中だったため、あまりお話を聞くことに身が入ってなかったKさんはおばあちゃんに「話を聞くのもボランティアだよ。」と言われたそうです。「そうだよね!」と思ったKさんは、じっくりとお話を聞かれたそうです。

 被災者の方々は、それぞれ別の震災体験をされています。同じ地域・隣近所に住んでいても、家が無事だった方・一部家が壊れた方・全部流された方・また家族全員無事だった方・家族を亡くされた方・・・。住んでいる高さがあと1メートル高ければ、何の被害にも遭わなかったところ・またその逆。たまたま出かけていたり、たまたま戻ってきていたり、逃げていった場所の違いなどで運命が決まります。僕も現地に行って見て、生きるか死ぬかは紙一重だったんだなとつくづく思いました。

 おばあちゃんは、その体験を同じ被災者ではなく、まったく知らない人に聞いて欲しいと思ったそうです。なぜなら、同じ被災者の方々とお話しする場合は、相手と自分を比較しながら、話したり聞いたりします。時には、羨望されたり、同情されたり、また逆になる場合もありますよね。だから、思いのたけを聞いてもらえる人が欲しかったのだと思います。

 おばあちゃんの話を聞き、Kさんは後日アクリルの毛糸をたくさん送りました。それは、おばあちゃん達が、活き活きと活動できる機会になったそうです。ただただ鬱々と毎日を過ごすより、自分達で出来ることが一つでもあれば、気持ちは随分変りますよね。おばあちゃん達は、アクリルの毛糸を使って、アクリル毛糸製のタワシをたくさん作り近所の方々や被災された方々に配ったそうです。

 ひとりのおばあちゃんのお話をご紹介します。「あの毛糸には、本当に助けられたんだよ。何もすることが無く、ボーっと毎日を過ごしていた私達に、活力を与えてくれたよ。毛糸を編んでいるとね。夢中になって時間も忘れて楽しいのさ!いっぱいいいっぱい作ったよ。みんなで集まって、お茶っ子飲んでおしゃべりしながら編んだり出来るし、テレビを見ながらだって出来るしね。

 何より、アクリルタワシをみんなにあげると喜んでくれるのが嬉しいね。一石二鳥だ!」と笑顔で話してくれました。毛糸を送るなんて、素敵なお話ですよね。支援の仕方・方法なんて無限にあります。ひとりひとりが考え、行動することが本当に大切なことだと思いました。今度おばあちゃん達は、刺繍に挑戦するそうです。どんな作品ができるのか楽しみです。

製材工場でのお手伝い
今日は丸太の皮むき作業です。

 広田町を夕方出発し、一関の宿に帰る途中は吹雪になっていました。4月になろうという時期に、雪景色を見るなんて思っても見ませんでした。翌朝は晴れ。心配していた道路の凍結もなく、再び「長部ふれあい広場」に到着。ふれあい広場の隣には、製材工場が建てられています。震災で周りの木々が流されたり枯れたりしています。その資源を有効活用するために、木を切り倒し、テーブルや椅子にして販売活動をしていこうという計画があります。近所のおじいちゃん達が集まり、作業を行なっています。製材する機械は、四国の高知県から寄贈していただいたそうです。

 今日の作業は、丸太の皮むきです。切り倒した木の皮を剥き、乾燥させて製材します。その木材を使って製品化し販売をするそうです。また、隣に建てる公民館にも、その木材が使われます。 おじいちゃん達が元気で働ける場所を作り出せます。丸太を軽々と自由に操るおじいちゃん達の姿に、ボランティアスタッフ全員が大歓声!体力も気力も、僕よりはるか上を行っています。

 地場産業を生み出し、雇用を生み出すことが、復興への道に繫がって行きますよね。地元ならではの産業でなくては、一時期はいいかもしれませんが、長続きはしないと思います。このような地道で地元の人々が無理なく参加できる活動は、とても大切なことだと思いました。


 

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 14:48| パーマリンク | トラックバック (0)

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2012年8月 6日

8月6日に思うこと!

今日は8月6日です。オリンピックに熱中しすぎて、この大切な日をうっかり忘れていた自分を恥ずかしく思いました。今朝テレビをつけたら広島の平和公園で式典が行なわれている実況を見て思い出しました。67年前の今日、世界で初めて原子爆弾が広島に投下された日です。8月9日には、長崎に投下されています。今でもたくさんの方々が、原爆の影響で苦しんでいる事実をもう一度改めて心に刻み込みたいと思います。僕は原爆投下から13年後に広島に生まれ広島で育ちました。今でこそ、福島の原発事故により放射線量の問題が大きく取り上げられていますが、当時はそんなこと考えてもいませんでした。しかし、雨が降ると「黒い雨には気をつけろ!」と言われていたことを思い出します。僕も被爆者の一人かもしれません。大きな意味で、日本は被爆国であり被爆者でもあります。さらに大きな意味で、地球が被爆し世界中の人々が被爆者でもあると思います。だって全ては繫がっていますから・・・。福島原発の問題や原子力にたよるエネルギー問題は、今や日本だけの問題ではないと思います。地球全体の問題として捉えていくべきだと思います。宇宙から見ると国境など見えません。丸くて美しい地球が一つ見えるだけです。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 12:25| パーマリンク | トラックバック (0)

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2012年5月11日

震災復興ボランティア活動報告Part1

 今回のボランティア活動は、私の友人が参加している「NPO法人国際チャリティ協会アムリタハート」のメンバーとして現地入りし、現地での活動は「NPO法人遠野まごころネット」のボランティア要員として参加しました。

 朝9時東京を出発し東北自動車道を北上。福島を通過する時に、震災による道路の工事渋滞はあるものの、震災の傷跡も見ることも無く、順調に盛岡市にある宿泊施設「大東ふるさと分校」に夕方到着。

 標高600メートルにあるため、周りはまだ雪景色でした。いよいよ明日は、現地入りします。少し緊張の中早めに就寝。

 翌朝早く起床。宿から陸前高田市まで、車で40分くらいかかります。見る景色は東北地方ののんびりとした自然の中の田舎の風景ばかりですが、その景色が陸前高田の街に入ると一変します。

突然目の前に広がる津波の傷跡
陸前高田市を見て・・・。
 

 車を運転しながら、突然飛び込んできた陸前高田の街。街全体を大津波が飲み込み、街全部をもぎ取ってしまった風景。住宅も商店街も工場も学校も病院も市役所も何千人もの人の命までも・・・。一瞬にして消し去ってしまった。

 ただただ呆然と眺めながら、車を運転していく。もし津波がここに来なかったら、東北地方の港町としてのゆったりとした風景が広がり、街にはたくさんの人たちが、日常生活を送っていたことだろう。そう思うと、息苦しく胸が痛みます。街は一部を残し跡形も無く人もいない。瓦礫は整理され、山と積まれている風景が続きます。

今回の活動場所
気仙町上長部地区に入る。
 

 陸前高田の街から、車で5分くらいの所に小さな漁村・気仙町上長部地区があります。そこで区長さんと会い、お話を伺うことができました。震災直後は、魚工場の魚が何万匹と大量に流れ込み、足の踏み場も無いくらい村全体に魚が溢れていました。腐ってウジがわきだし、とてもとても臭くて息もできなかったそうです。

 その時に、何百人単位でボランティアの方々が、魚を拾い集めてくれたそうですが気分が悪くなって、作業もできない方々も沢山いらっしゃったそうです。今は、きれいに片付き、臭くもありませんでした。

 区長さんは、「この小さな漁村が津波で被害に会いましたが、沢山のボランティアの方々の支援をいただいている事に、深く感謝をしている」と言ってくださり、缶コーヒーを頂きました。その心遣いに胸が痛み、涙がこぼれそうです。

 「これからの復興計画が、1年経った今でも、具体的な見通しが立っていない為、何をやって行っていいのか分からない状態です。私達年寄りは、老い先短く死んでいくだけだけど、若い人たちが働く場所と生活する場所がないと、村は存続できない。」と話をされていました。

 これから先、いつまた津波が押し寄せてくるかも分かりません。新しく安全な街づくりの計画を一刻でも早く立て、復興に向けてエネルギーを注いでいくべきだと痛感しました。 
 
→次回には、NPO法人「遠野まごころネット」の方々と一緒に行なった具体的なボランティア活動について、ご報告させていただきます。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 15:02| パーマリンク | トラックバック (0)

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2012年1月10日

何年かぶりに松下村塾に行ってきました。

 下の写真は、山口県萩市・松下村塾にある、吉田松陰が安政の大獄で処刑される時に詠った辞世の句を石碑にしたものです。

「親思う 心にまさる 親心 今日の訪れ 何と聞くらん」
と書いています。

 小学校の修学旅行でこの地を訪れ、はじめてこの句を読んだ時に、吉田松陰の偉大さなどは知らず、ただ親の愛情深さと、親より先立ってはいけない。そして、自分の人生を生き抜かねばいけないと思いました。

 吉田松陰も自分の人生については、処刑されようと悔いは無かったと思います。ただ残される親を思って涙したのではないでしょうか?

 今親となり、何年ぶりかに母とこの地を訪れました。
母はまだ健在。まだまだ先立つことはできない。
そして、人生を全うしないと申し分けないと改めて思いました。
また、自分の子どもたちが先立つことを考えるだけで涙が出てしまいます。

家族と毎日を過ごすことの幸せをかみ締めて、毎日を過ごしたいと思いました。

20120110.jpg

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 12:04| パーマリンク | トラックバック (0)

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2011年4月11日

東日本大地震から1ヶ月が経ちましたね。


地震の影響により、被害を受けられた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。
被害に遭われた皆様が一日でも早く平穏な生活を送ることができるよう
被災者様のご無事と被災地の復興を心からお祈り致します。

あの恐ろしい地震が起こって、ちょうど1ヶ月が経ちました。

3月11日午後2時46分。
私はその時、いつもと変わらず会社で仕事をしていました。
長年東京で仕事をしていますので、地震には慣れていましたが
この度の地震は、未だかつて体験したことが無いものでした。

大きな揺れで机のパソコンが落ち、後ろの神棚も落ち、棚の商品も落ちてきました。
何もすることも考えられず、ただただ呆然と突っ立っていました。

窓の外を見ると、街中がガタガタと揺れているのを目の当たりにしました。
テレビニュースや映画の中で見たことがある光景です。
「とうとう関東大震災が来たんだ!」と一瞬頭をよぎりました。
地震が収まり、この度の地震が東北地方沖の震源で
マグニチュード9だと言うことを知り、地震の大きさに愕然としました。

その後のニュースは、最悪のニュースばかりでしたね。
津波の被害・コンビナートの爆発・福島原発の爆発・放射能漏れや汚染・
停電・余震・風評被害・食料や物資や水の不足・経済への影響・・などなど。

これでもかこれでもかと、
次々と恐怖と不安を感じるニュースばかりが舞い込んで来ました。

ネットでは、さらに恐怖を煽る記事や書き込み・チェーンメールなどなど...。
これまた調べれば調べるほど、
恐怖心や不安を煽る、ネガティブなものばかりが目に着きました。

この一ヶ月、怖くて不安で、辛くて悲しくて、長く暗い毎日でしたが
そんな時に勇気や感動を与えられることも沢山ありました。
被災された方の行動や言葉に涙しまた感動もしました。
日本人としての強さや逞しさ、謙虚さや優しさを感じました。

命を賭けた救援活動や復興活動や福島原発の放射漏れを防ぐ活動。
警察や自衛隊・消防士・医師や看護士・行政の方々・ボランティアの方々。
自分も被災者でありながら、救援活動や復興作業をされている方々。

義援金をする人々や義援金を呼びかけている方々。
世界各国から救援活動・復興作業に来日されている方々。
世界各国で日本を応援してくれている方々。

ただただ頭が下がる思いでいっぱいになります。

色々な大変なことが起こり、色々なことを考える中で
自分の心境が変化していきました。

はじめは恐怖と不安が募り、考えれば考えるほど落ち込んで行きましたが、
恐怖や不安と向き合っていても、何も出来ないし何の解決にもならない
のだと気づきました。
当たり前のことですが、地震の直後にはこの当たり前のことが考えられません。
少しずつではありますが、自分に何が出来るのだろうかと考え始めました。

今こそ日本全体が一丸となって被災地への支援を行う時ですよね。
ひとりひとりが考え行動していく時です。

復興には、長い道のりが待っています。
阪神・淡路大震災においては、10年以上もの復興期間を要しています。
初期の支援はもっとも重要なものではありますが、
長きに渡る継続した支援こそが、私たちに課せられた使命だと思います。

企業としても個人としても、災害被災地への支援や日本の復興を願い
被災者様の心情に痛みを覚えつつ真摯な思いで
微力ながら精一杯頑張っていこうと思っています。

それで一体自分に何が出来るんだろう?

まず第一番目は、
この事をいつも・いつまでも忘れないことだと思いました。

一ヶ月経った今、停電も無く余震も無く、普段通りの生活に戻ると
この事が薄らいでいきますよね。

さらに時間が経過し、原発問題も解決し、テレビでも地震関係のニュースが
流れなくなったとしたら、どうでしょうか?
一年・二年と時は過ぎて行ったら、どうでしょうか?

被災者の方々は、いくら時が過ぎようと忘れることは出来ませんよね。
震災直後から、一ヶ月・半年・一年目・二年目...。
新たな困難な状況が続いていきます。

みなさんは、広島に原爆投下された日時を覚えていますか?

1945年8月6日 8時15分です。
僕はその13年後に広島で生まれ育っていますから良く覚えています。

その時にも原爆の直撃とその後の放射能汚染で、沢山の方々が被害にあっています。
今回の地震も放射能問題が関わっていますので、
広島・長崎の原爆のことも思い出しました。

原爆投下されて13年後の広島では、まだたくさんの放射能が残っていたのでしょうね。
その中で生まれ育ってきたんだなあと改めて思いました。

人間は、忘れることが出来ます。良いことでも、悪いことでも忘れることが出来ます。
今回の地震の件でも原爆の件でも、
忘れては行けないこととして心に刻み込みたいと思いました。
自分自身、忘れないようにすることに自信が持てないのです。
どうか忘れないように神様にお願いしたい。

忘れなければ、何か考え行動もできますが、
忘れてしまえば、何もしなくなりますよね。
だから、一番目には、忘れないことだと思いました。

二番目には、「一隅を照らす存在になる。」
金八先生の最終回を見て、最後の金八先生の言葉にありました。

今回の地震の件で、色々なことに悩んでいましたが、
この言葉が、凄く身に沁みてきました。

全体を照らす存在ではなく、自分の周り(一隅)を照らすこと。
その一隅が繫がると、やがて全体を照らすことになる。

今、自分に出来ることを粛々とやり続けること。
家族を守り街を守る。会社を守り発展させていくこと。
一家の長としての役割と、企業の代表としての役割をしっかりとやる。

普通に生活できることに感謝し、自然に感謝する。
他人のことをもっともっと思いやる心を持つ。
人のためになる仕事をする。などなど......。
自分で考え、自分に出来ることを
しっかりやることですよね。

義援金にしても自分に余裕が無いと出せません。
しかも、今だけでなく永続的に義援金を出せるように
企業は利益を出さなくてはなりません。

自粛は経済発展の妨げとなり、復興支援の妨げにもなりかねません。
被災に関係ないところで生活している人々やお金に余裕がある人々は、
義援金はもちろん。今こそお金を使ってまわしていただきたい。

今日は4月11日。桜も満開です。
まるで何事も無かったように、
青空の下、桜が咲き、桜吹雪が舞っています。
もう何年・何十年・何百年...と
桜は咲き続けてきました。

大丈夫!必ず乗り越えてみせる!
そう心に誓いながら、新しい一日を歩み続けたいと思います。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 12:06| パーマリンク | トラックバック (0)

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2010年10月22日

夜空を眺めて!

うちの次男(7歳・小学2年生)が、なぜか宇宙に興味を持ち始めました。
図書館で借りてくる本が、
昆虫の本から天体の本になったのが今年の始めごろだったかな?

それ以来遊びに行く場所も、
プラネタリウムがひとつ増えました。
僕も次男に付き合って、一緒にプラネタリウムに二度ほど行きました。
夏休みには、北九州のスペースワールドにも行ってきました。

プラネタリウムに映る星は、満点の星ですよね。
そこで、星や星座などを紹介してくれます。
実際に、そんな夜空眺めたことなんか無いよな。

僕の記憶では、
プラネタリウムに近い夜空は、もう30年前にさかのぼるかな。
北海道の夏、利尻富士に夜間登山した時の夜空。
頂上付近では、下の方にも星があります。
星を見下ろすって始めての体験でしたね。
しかも、そこには海の上に点在するイカ釣り船の漁火もあるんです。
漁火と星のコラボレーション。
流れ星は、下から上へと光の線となって流れていく。
僕の見た夜空のナンバー1。

ナンバー2は
オーストラリアのエアーズロックで眺めた夜空。
周りには、夜空を遮るものが何も無くて、
夜空が広くとても大きく見れた。
南十字星も始めて見ました。

あとは、長野の上高地や高遠 
北海道の知床、
沖縄の竹富島や西表島、
アラスカのデナリパーク...。


そう!
最近はそんな夜空が無くなってきたよね。
広島の実家の部屋の窓からだって流れ星が見えていたのに...。
空気が汚れているんだ。
夜空を眺めることによって改めて実感しました。

最近、毎日のように夜空を眺めています。
なぜなら約1ヶ月前に、次男がお年玉を貯めたお金で
天体望遠鏡を買ったんです。
それ以来、今日は星が見えるかな?って
毎日夜空を眺めているんです。

ところが...。ほとんど、星が見えない(泣)。
    → 我が家は、(横浜市の住宅街です。)
天気もあるのだろうが、数えるほどしか見れないんです。
なぜか望遠鏡を買って以来、晴れたことがないし。

だから、望遠鏡も活躍できない。
約1ヵ月で、観測できた星は
月と木星とベガの三つだけ...。

来月の休みには、
山梨のキャンプ場に、夜空を眺めるために出かけることにしました。
昔見たあの夜空は、また見れるのかな?

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 11:57| パーマリンク | トラックバック (0)

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2010年3月 9日

ライトスタッフ新商品紹介PART5


久しぶりに、ライトスタッフ新商品の紹介をしたいと思います。

手前味噌だと思いますが・・・・・・ かなりのスグレモノですよ!!

僕は、毎日コンピュータの前で仕事をしています。
肩こりがひどいほうではなかったのですが、
最近、疲れが貯まってくると、肩が凄く凝ってカチンカチンになります。

首の付け根が痛くなって、さらに悪化すると頭痛がします。
そうなると、首を回したり、マッサージをしても、お風呂に入っても・・・

全然治りません!!

そこで、登場するのが
自然由来の新発想!一滴に凝縮された天然ハーブの力
新発売の 【ボディエアー ノン】 です!

マッサージする必要も無く
痛いところ・つらいところにサッと塗るだけで
スゥーっとして、凄く気持ちいいです。
香りもユーカリミントの清々しい香りです。
ココロもカラダもリフレッシュします。

すぐに実感できることが、スグレモノです!

詳しくは コチラをクリック →  http://www.right-net.co.jp/bodyair/

肩こりやひじ・ひざ・腰痛は、慢性の方が多いと思います。
ぜひ、一度試してみてはいかがですか??


もう一つの使い方ですが・・・

1ヶ月前に風邪を引いてしまいました。
夜中に咳が止まらなくて、眠ることが出来なくなりました。

そこで 【ボディエアー ノン】 を
胸に塗ってみました。

すると・・・
スゥーっとして、すぐに咳が止まりビックリしました。

その後、
すぐに眠りにつくことが出来
翌朝には、咳も出ませんでした。


鼻づまりでも、胸に塗ると すぐに鼻がとおるようになりました。

うーん!スグレモノです。。。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 14:56| パーマリンク | トラックバック (0)

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2010年3月 3日

オリンピック終わりましたね!

久しぶりにブログを書いています。

いやー・・・!
月日が経つのって本当に早いですよね。

今年始まったばかりなのに、もう3月です。春一番が吹く季節ですね。
「ブログ書いてないなあ。」と思いながら、もう1年ですよ。(笑)

びっくりします!

「今年は冬季オリンピックがあるんだなあ。」と思っていたら、
もう終わっちゃいましたね。

何の競技があって、何を見たいって言うのではなくて
ついつい夜中やっていると見ちゃうんですよね。
寝るのが夜明けなんてことにもなるわけです。

海外からの放送は、時間差のために夜中やることが多いじゃないですか
しかも、スポーツはライブで見たいじゃないですか。

今、サッカー欧州サッカーのリーグ戦や欧州チャンピオンリーグもやっているし
プラスして、バンクーバー冬季オリンピックですよ。
ほんと大変でした。(笑)

オリンピックを見て思ったことのひとつに
時代が変わるにつれ、競技内容も変わるんだなあと思いました。

スノーボードって、ここ20年くらいですかね?
僕が20代の頃は、スキーだけでしたよ。
今じゃ、若者はスノーボードが主流なんですよね。

あとは、知らないような競技がたくさんありました。
ボブスレー・スケルトン・ルージュって、区別つかないし(笑)
スピードスケートの団体戦も知らなかったなあ。

カーリングは、前回大会で有名になったから少しだけ知ってました。
日本でどのくらいの競技人口いるんでしょうね。

今ネットで調べたんですけど

『世界中では100万人を超える競技人口で
 その内、カナダは70万人以上。
 日本の競技人口はわずかに2500人程度。』

だそうです。

日本は、競技人口が少ない割には、
オリンピックに出場して頑張ったってことですよね。
年齢も、かなり高齢まで出来る競技なので
今後期待できるんじゃないですかね。

フィギアスケートは、男子も女子も日本選手頑張りましたね。
男子は、高橋大輔選手が日本人初の銅メダル!
女子は、浅田真央選手が二大会連続メダルの銀メダル!

今から4年後のオリンピックが楽しみです。
気が早いか!(笑)

さてさて、オリンピックも終わり

6月には、いよいよ!!!

サッカーワールドカップが始りますね。

最近の試合が、あまりに不甲斐無いのでとっても心配ではあります。
今日は、バーレーン戦があります。

欧州組みが合流して、どういったサッカーが出来るか!?

中村俊輔・森本・本田・長谷部・松井に期待しています。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 13:50| パーマリンク | トラックバック (0)

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2009年6月23日

テイクアクション2

中田英寿氏が提案し設立した
一般財団法人「テイクアクションファウンデーション」

ヒデが本格的に活動を始めた!
財団法人「テイクアクションファウンデーション」の設立。

ヒデの呼びかけ「何かできることひとつ」を、ひとりひとりが継続的に
そしてそれを増幅させていけば、ひとつがふたつに
ふたつがみっつに・・・。

着実に世界を変革していく力になっていくと思う。 

また個人だけではなく、企業や団体などの組織としても
「何かできることひとつ」を見つけ出して活動すれば、
さらに拍車がかかるだろう。

ヒデが設立した財団テイクアクションファウンデーションズには、
たくさんの企業が協賛して活動をサポートしている。

さて、わたしたちライトスタッフは何をはじめようか?
これまで、積極的に取り組んだことがあっただろうか?
「ユニセフや赤十字に寄付をする」「エコ活動に協賛する」
「震災義援金を寄付する」「児童擁護施設に寄付をする」・・・などなど。
確かに何らかのカタチで、何となくやっては来た。

でも、それは呼びかけられたからとか
書類が送られてきたから寄付をしたとか
利益があがっているからこれくらいはしようと思ってやったとか
積極的にではなく、消極的であったと反省している。

これからは、ライトスタッフとして「何かひとつ」
積極的に永続的にやっていけるものを見つけ出し活動をしていこうと思う。

三年前、私はあるパーティに出かけた。
毎年開催されているそのパーティは、チャリティーオークションをしていて
有名な歌手や俳優の人たちやスポーツ選手が、それぞれの持ち物を売り
その売上を児童養護施設に寄付をするという主旨だ。

そのパーティに参加したことを切っ掛けに
四冊の本を購入し読んでみた。

「児童相談所援助活動の実際」
「子どもたちの福祉施設」
「ぶどうの木」
「ちくしょう魂」という本だ。

現在、日本では約七万人の子どもが自分の家を離れ、
児童施設や里親家庭で生活している。
最近は孤児ではなく、
親が育てられないから養護施設にいる子どもがかなり増えてきている。
金銭的問題・育児をしない親・離婚・子どもを虐待などなど。
生まれてきた子どもたちに何の罪があるのだろうか?

その年、会社の事業が順調で少し余裕があったから
その会場で知った神奈川県のある養護施設に寄付をした。
それ以降、気にはしながら寄付はしていない。
事業はまだ順調に進んでいるにもかかわらず
何らかのアクションをおこしてこなかった。

この機会に決めてしまおう。
毎年、ライトスタッフの誕生月に
「チャリティーキャンペーン」をやります。

この月の売上の一部を、児童養護施設に寄付します。
まずは、ここから一歩つづ・・・。

テイクアクションファウンデーション
http://www.takeactionfoundation.net/

世界を歩いた。
多くの人と出会い友達になった。
彼らの生活に触れることで
今まで知ることのなかった様々な素晴らしい経験をし
同時に様々な問題を肌で感じた。

彼らのために何かをしたいと思った。
でも何をしていいのかわからなかった。
まずは今、地球の声に耳を傾け
現実を知り、考えることからはじめよう。

「みてみぬふりをしない」
「会社にマイカップ持参」
「袋は要らないです。と言えるようにする」
「今日誰か一人を笑顔にする」
「けんかをしない。仲良くする」
「ご飯は残さず食べる」
「フェアトレード商品を買う」
「自転車で移動する」
「夏場に薄着、冬場に厚着」
「世界に目をむける」
「子供たちの安全を考える」
「夏休みに海でゴミを拾う」
「貧困問題について勉強する」
「ハンカチを持ち歩く」
「洗濯はお風呂の水を使います」
「エコ洗剤を使います」
「サッカー通じて地球の声を多くの人にとどける」
何かできること ひとつ。

この財団では、人々が「参加しやすく」、「楽しめ」、
それが直接的・間接的な支援につながっていく
誰にとってもプラスとなるような機会を提供していきます。
その輪を大きくしていくことで、
ひとりひとりの行動が
地球上の問題解決に繋がっていくことを目的とします。

「なにかできること、ひとつ。」まずは楽しみましょう。
                    
                   中田英寿(HPより)

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 12:29| パーマリンク | トラックバック (0)

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2009年2月24日

伊勢神宮に参拝に行ってきました。

今年も伊勢神宮に参拝してきました。

7年前初めて伊勢神宮に参拝をして、
毎年1~2度参拝をするのが習慣になりました。
参拝する時期は2月と10月です。
2月は必ず参拝することにしています。
10月余裕があれば、出来るだけ行くように心がけています。

2月は「祈年祭」というお祭りがあります。 
「としごいのまつり」ともいう祈年祭は、神せんをお供えして
豊作と平和をお祈りする大御けの儀と
皇室から勅使(ちょくし)が参向して奉仕される奉幣(ほうへい)
の儀の2つの祭典が行われます。

この時期に内宮の神楽殿でお神楽をあげて御神札をいただきます。
そして1年間お世話になった、
お札とお守りを返して新しいものと交換します。

お札とお守りをいただくと、
この一年間有り難うございましたという感謝の気持ちと
今年一年また頑張ろうという新たな気持ちがわいて来ます。

御神楽は、いつも商売繁盛と家内安全を祈らせていただいております。
我が社の事業が繁栄しお客様が心身ともに健康で過ごせるように!
この一年間働く仲間が、健康で楽しく仕事ができるように!
家族や周りの人々が健やかに楽しく過ごせるように!

最後に戦争や争いが無くなるように世界に平和を!
世界中の人々が健康で楽しく過ごせるように!飢餓が無くなるように!
地球環境が良くなるように!

感謝を込めてたくさんたくさんお祈りします。(笑)

神様にお祈りをする時に心がけていることは
神様には願いをお祈りするだけで、決して神頼みをしないこと。
日々努力をして精進するのは人間である私たちです。

その結果商売が繁盛したり、家庭がうまく行ったりすることがあります。
もちろんうまく行かないこともたくさんあります。
それは自分の責任として努力すること。
果樹の実りは、神様のお蔭として感謝の気持ちを持つこと。
それを他の人にまわすこと。

10月には「神嘗祭」というお祭りがあります。
その年の新穀を大御神に奉り、
ご神徳に報謝申し上げるもっとも由緒深いお祭りです。
その新穀を神宮に奉納するのが『初穂曳』です。
一度私も縁があって横浜の神社の宮司さんと知り合い『初穂曳』に
参加をしたことがあります。

2月には豊穣を祈願し、10月には収穫されたものを感謝して奉納する。
太古から伝承される日本のお祭りです。

伊勢神宮に行くと2000年の時を超えて太古の昔を感じます。
神の元で活動している人間の営みと自然を感じます。

それは神社の姿もありますが、特に周りの木々を見ると
タイムスリップしたように感じます。
伊勢神宮には、樹齢何百年という木があちこちにあります。
神社には、必ずと言っていいほど大木がありますよね。
その場所に神社を建てるくらいですから、気がいいところに決まってます。
木も大きく何年も何年も倒れないで育つというものです。

私たちの先祖が何代も何代も前から営んできた、
神と自然と人間との暮らしを感じます。

それは、私たちの「心のふるさと」ではないでしょうか!?

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 16:18| パーマリンク | トラックバック (0)

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2008年6月24日

「テイク アクション!」

6月7日の土曜日、ヒデ(中田英寿)が呼びかけ開催した
「+1 FOOTBALL MATCH」を観戦しに
横浜の日産スタジアムに行って来ました!

会場に向かう途中、たくさんの人々が集まっていることにほっと一安心。
集まりが悪かったらどうしよう?
なんてなぜか、主催者側の目線に立っている。

会場に入ると超満員!6万人を超える人が集まっていた。
この会場で行われた2002年日韓ワールドカップの
日本対ロシア戦を思い出す。
(ちなみにロシア戦は生で見ましたよ。一番興奮した試合でした!)

これだけのメンバー(監督初めサッカー選手)と
これだけの人々を良く集めたもんだ!

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会場がもっと広ければ、もっともっと人が集まっていたんだろうなあ。
ヒデの偉大さを改めて感じた。さすがヒデだよなあ。

さて、今回なぜヒデがこのような試合を開催したのか?
以下、ヒデのHPから説明書きを抜粋します。

『今、地球上には貧困、保険、教育、自然破壊など、
様々な"環境問題"があふれ、私たちひとりひとりが地球の未来について、
真剣に考えるべき時期が訪れています。

TAKE ACTION!2008「+1」キャンペーンでは
みんなが地球のことを考えるための"きっかけ"をつくり、
より多くの人が問題意識を持ち、地球上の声に耳を傾け、
未来のためにアクションを起こすことを目的としています。』

以前、このブログでもヒデのことを少し紹介したことがあるんだけど
ぼくは、昔からヒデの大ファンだった。

サッカー選手というより一人の人物として尊敬していた。
もちろん、サッカー観戦が大好きで、プレーヤーとしても大好きだった。

ぼくは、サッカー選手としてヒデを応援してきたが、
引退後のヒデに凄く興味を抱いていた。

なぜ、ヒデはそんなに魅力的なんだろう?

サッカーのプレーヤーとして、ヒデは凄く視野が広い。
試合だけでなく、サッカーキャリアやビジネスにおいても・・・。

そして引退後サッカーやビジネスを超え、
ヒデ自身と私たちと地球が共に生きていく上での
視野の広さにも繫がっているように思う。

広い視野がさらに広がっていって、いつも新しいビジョンを描いている。

そのビジョンを描くための行動力が凄い!
引退後、ヒデは世界各国を旅をしながら回っている。

その中で、戦争の傷跡・貧困との戦い・飢餓・地球温暖化・・・・。
世界の問題を肌で感じ、自分に何ができるのかを考え続けている。

その中で、この企画が生まれてきたのだ。
そして、その旅はまだまだ続く・・・。

ヒデを応援してきたぼくは、今ヒデに応援されてきたように思えてならない。

この問題は、人類歴史史上永遠の問題でもあり、自分たちの問題である。
人間いかに生きるべきか?自分はいかに生きるべきか?

まずは一歩から「テイク アクション!」
ヒデらしい、素晴らしいメッセージだと思う。

投稿者: ライトスタッフサイト管理者 日時: 12:48| パーマリンク | トラックバック (0)

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2008年3月21日

「夜回り先生」を読んで!

TV・電話・FAX・パソコン・ケータイ・メール・・・・。
コニュニケーションツールが発達し、気軽に誰でも、情報や連絡が取れるよう
になればなるほど、皮肉なことにコニュニケーション不足が深刻な問題となっ
て行く。

人間関係が気薄になって行く。

幼児虐待・子を殺す・親を殺す・リストカット・自殺・登校拒否・ひきこもり・薬
物依存・・・・・。

僕が子供だったころには、ほとんど聞いたことのない言葉だ。
それが、毎日のように新聞やテレビで聞くようになった。

僕は、昭和33年・広島に生まれ広島で育った。
住んでいたのは、江波っていう広島の下町で海に近いところだ。

原爆をテーマにした漫画で有名な「はだしのゲン」が被爆した後、親戚をたよ
って行く場所が江波という町だ。映画のロケ地にもなった。

我が家は、母親が美容院をやっていたので電話があった。
近所の人が10円を持って、我が家に電話を借りに来ていたのを覚えている。

テレビも白黒の時代で、カラーテレビがやってきたのは、小学校3年生くらい
だったと思う。「巨人の星」があるときなどは、近所の友達が見に来ていた。

遊びは、空き地で近所の友達と野球をしたり、川で魚を釣ったり、ほとんど外
で年齢関係なく、近所の友達と遊んでいた。

友達と遊ぶ時には、家に直接行って「〇〇ちゃん!遊びましょう!」って声を
かける。

遊びに出かけると、時計も電話も持っていないので、日が暮れると帰るか、
お母さんたちが「〇〇ちゃん、ご飯よー!」という声で帰るかのどちらかだ。

でも、時々遊びに夢中で、帰るのを忘れてしまう。
そんな時は、お母さんがまず、友達のところを訪ね歩く。
そこで、〇〇ちゃんと〇〇ちゃんがまだ帰ってない!
なんてことになると、近所中で探し回ることになる。

町内対抗ソフトボール大会とか町内の「子ども会」もあった。

お祭りも町内会単位で行われていた。
「西町の子どもたちは、ここからここまでお神輿を担ぎます。次は、二本松の
子どもたちです。」ってなふうに!

お葬式も、お家でやるのが当たり前で、近所の人たちが食事を作ったりして
お世話をしてくれていた。

買い物も町内で買うし、生活の基盤がしっかりと町内という地域にあった。

そう!今と違って、近所のお付き合いがちゃんとあって、隣近所の住人は、
ほとんど知り合いで何らかのお付き合いがあった。

いたずらしたり、良くないことをすると、近所のおばさんやおじさんが叱ってくれ
た。また、良いことをしたら褒めてくれた。

「夜回り先生」の役目は、地域の人たちがちゃんとしていてくれた。

今は、どうだろうか?

隣近所に誰が住んでいるのか分からない人が多いのではないだろうか?
話しをする機会も滅多にないだろう。

それどころか、自分の親や子どもや家族に対しても、話しをしない家庭も増え
ていると思う。

何か悪いことをしたり、良いことをしても、周りの人が注意をしたり、褒めてくれ
ることもないだろう。

最近は、注意をすると逆ギレされて、暴力を振るわれたりするので、注意する
のが怖いと思っている人がたくさんいると思う。

僕もそう思う!

その恐怖から身を守るために、無関心を装い関わらないように生きているよ
うな気がする。

そして、その無関心が、社会を構成しているように思う。

『自分だけよければそれでいい。』という考え方が蔓延って行く。 

でも考えてみれば、自分だけいい世界が、どこにあるのだろうか?

子どもや家族のこと・子どもの友達やその家族・隣の住人や地域の人・職場
の仲間や学校の友達・電車の中の人・・・・・・・。

自分の身近でいつも見ている回りの人たちは、今幸せなんだろうか?

水谷先生の本を読んで、今一度、回りの人たちのことを、もっと関心を持って
見つめていくことの大切さを感じた。勇気も必要だ。

みんな一人ひとりが、そうしていくことしか解決の道がないのではないでしょうか?
このことは、他人には任されないことだから・・・・・。

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水谷 修 プロフィール

1956年横浜生まれ。元高校生教諭。上智大学文学部哲学科卒業。「夜回り」と呼
ばれる深夜パトロールを行いながら、若者の更生と薬物汚染の予防に尽力。

一方では、全国から寄せられるメールや電話での相談に応じ、不登校・心の病・
自殺などの問題に取り組んでいる。講演会は年間300回を超え、テレビ・新聞な
どへのメディア出演も多数。
少年非行の実態を広く社会に訴え続けている。第17回東京弁護士会人権賞受賞。

主な著書に『夜回り先生』『夜回り先生と夜眠れない子どもたち』『子どもたちへ~
夜回り先生からのメッセージ』(サンクチュアリ出版)、
『さらば、哀しみの青春』(高文研)、『さよならが、いえなくて』(日本評論社)など。

投稿者: ライトスタッフサイト管理者 日時: 17:03| パーマリンク | トラックバック (0)

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2007年10月30日

息子たちの運動会に行ってきました。

先々週の土曜日は、長男(小学5年生)の運動会。
先週の日曜日は、次男(幼稚園・4歳)の運動会でした。

IMG_1892.jpg IMG_1967.jpg IMG_1975.jpg

それぞれ、楽しく観戦・応援して来ましたよ。(笑)

そこで、思ったことは、競うことの楽しさでした。
現在は、「順位をつけると良くない。」なんて言われる時代だけど、
競い合うことで、発見できることは、すごく大切なことだと思いました。

そこで、自分の強さや弱さを発見できるし、他人の強さや弱さも発見できる。
順位を決めて、弱いものいじめをすることは、もちろんいけないことだけど、
それは、指導の仕方にあると思います。

勉強にしろ、仕事にしろ、他人と競う合うことになりますよね。
受験や就職、それ以降の経済活動は、全てと言っていいほど競い合いです。

この競い合うって言うことは、他人だけじゃなく、自分自身との競い合いでもあります。
過去の自分と今の自分と将来の自分です。
自分に打ち勝っていかないと、自分を変えることはできない。
目的は、他人を負かすことではなく、自分自身の成長だと思います。

運動会というイベントは、自分自身だけでなく、相手があり
同じ組の仲間があり、違う組の相手があり
そして、運営していくスタッフや観客がいてこそ成り立つものです。
その大切さを学ぶのも運動会だと思います。

短距離走の末続選手のコーチ高野氏は
個人競技だからこそ、チームワークがとても大切なんだといっていました。

競技場でその場に立つのは、自分だけだけど、
その前に、コーチをはじめ選手同士やトレーナー、用具係の人やスポンサーや
応援をしてくれる家族や観客など、たくさんの人たちがかかわっているんです。

運動会も同じです。先生をはじめ、運営スタッフに参加する生徒・お母さんやお父さん。
お弁当を作ってくれるお母さん
応援してくれる家族や近所に人たち
競い合う仲間・・・・・。

楽しい思いや悔しい思いをしながら、色々なことを学んでいくんだなと思いました。



投稿者: 藤本 邦彦 日時: 12:04| パーマリンク | トラックバック (0)

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2007年9月 6日

30秒で世界を変えちゃう新聞

久しぶりにブログを書きます!

今回は「30秒で世界を変えちゃう新聞」を紹介します。

発行されたのが6月22日だから、もうすでに知っている方も多いかもしれません。

知っていた方は、もう一度チェックしてみてください。
知らなかった方は、ぜひ読んで見てくださいね。


HPでも見れます。 アドレスは→ http://www.teamgogo.net/

この新聞では、私たちが日々生活する中で、ほんのちょっと気を付けてやること
で、地球温暖化を止めていこうと、色んなニュースを紹介しています。

sekaiwokaeru.jpg

↓HPに掲載されていた記事です。ぜひ、チェックしてみて実行しましょう!

30秒で世界を変えるチェックリスト!

□毎日一個はゴミを拾って、そんな自分をほめたたえよう♪

□お尻を拭く時、トイレットペーパーはちょっぴり短く使おう。

□宴会・パーティーは、マイ箸、マイカップ、マイ皿でゴミゼロに挑戦しよう。

□週に一度はミートレスの日を作り、肉絶ちに挑戦しよう。

□週に一度はテレビレスの日を作り、会話を楽しもう♪

□週に一度はマイカーレスの日を作り、公共の交通機関を使おう。

□移動手段は歩いたり、自転車を使ったり、あいのりをしよう♪

□たくさんの木や植物を植えよう♪

□長持ちするものを買おう。そして仲良く年をとろう♪

□ お風呂は電気を消して、ろうそくの灯りでムーディーにして入ろう♪
  (愛する人とならなおいい感じ)

□冷房で寒すぎるお店には、「冷房の温度を1度上げてください。」と お客様
  の声を届けよう♪

□シャワーの時間を毎日一秒ずつ減らすゲームをひそかにしよう♪

□買い物をするとき、奥の賞味期限の新しいのを買わず、手前から買おう♪

□ エコバックを持ち、そして買い物のときは「このままでいいです」と 最高っ!
  の笑顔で答えよう♪

□スイッチ付コンセントで待機電力をカットしまくろう。
□食べ残しをすると、懐かしの「もったいないおばけ」がでたらかなり怖いの
  で、 完食しよう♪

□冬は厚着をして暖房の温度を下げ、夏は部屋を「ここはサウナだ」 言い
  聞かせよう。

□エレベーターよりも階段上り好きになろう。

□アイドリングストップ。

□オーガニックを選びなるべく国産品を買う。

□ 生ゴミを堆肥にしよう

□一家団欒(一緒に電気を共有する)の時間を増やそう

□ 旬で、近くで作られたものを買おう

□ 車の調子を時々チェックしましょう。

□自然にふれあい、自然の大切さを共有しましょう。

□フライパンやナベを火にかけるとき、底についた水滴をふき取りましょう。

□洗濯はなるべく一度に多く洗いましょう。

□暖房の効率を良くするため、窓に厚手のカーテンをしましょう。

□歯磨き、洗顔など、水の出しっぱなしに気をつけましょう。

□電気の無駄使いを減らすためにも、早寝早起きをしてみよう。

投稿者: 藤本 邦彦 日時: 15:34| パーマリンク | トラックバック (0)

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藤本邦彦
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