藤本邦彦公式サイト/ココロとカラダに効くブログ
 

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東日本大地震から1ヶ月が経ちましたね。


地震の影響により、被害を受けられた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。
被害に遭われた皆様が一日でも早く平穏な生活を送ることができるよう
被災者様のご無事と被災地の復興を心からお祈り致します。

あの恐ろしい地震が起こって、ちょうど1ヶ月が経ちました。

3月11日午後2時46分。
私はその時、いつもと変わらず会社で仕事をしていました。
長年東京で仕事をしていますので、地震には慣れていましたが
この度の地震は、未だかつて体験したことが無いものでした。

大きな揺れで机のパソコンが落ち、後ろの神棚も落ち、棚の商品も落ちてきました。
何もすることも考えられず、ただただ呆然と突っ立っていました。

窓の外を見ると、街中がガタガタと揺れているのを目の当たりにしました。
テレビニュースや映画の中で見たことがある光景です。
「とうとう関東大震災が来たんだ!」と一瞬頭をよぎりました。
地震が収まり、この度の地震が東北地方沖の震源で
マグニチュード9だと言うことを知り、地震の大きさに愕然としました。

その後のニュースは、最悪のニュースばかりでしたね。
津波の被害・コンビナートの爆発・福島原発の爆発・放射能漏れや汚染・
停電・余震・風評被害・食料や物資や水の不足・経済への影響・・などなど。

これでもかこれでもかと、
次々と恐怖と不安を感じるニュースばかりが舞い込んで来ました。

ネットでは、さらに恐怖を煽る記事や書き込み・チェーンメールなどなど...。
これまた調べれば調べるほど、
恐怖心や不安を煽る、ネガティブなものばかりが目に着きました。

この一ヶ月、怖くて不安で、辛くて悲しくて、長く暗い毎日でしたが
そんな時に勇気や感動を与えられることも沢山ありました。
被災された方の行動や言葉に涙しまた感動もしました。
日本人としての強さや逞しさ、謙虚さや優しさを感じました。

命を賭けた救援活動や復興活動や福島原発の放射漏れを防ぐ活動。
警察や自衛隊・消防士・医師や看護士・行政の方々・ボランティアの方々。
自分も被災者でありながら、救援活動や復興作業をされている方々。

義援金をする人々や義援金を呼びかけている方々。
世界各国から救援活動・復興作業に来日されている方々。
世界各国で日本を応援してくれている方々。

ただただ頭が下がる思いでいっぱいになります。

色々な大変なことが起こり、色々なことを考える中で
自分の心境が変化していきました。

はじめは恐怖と不安が募り、考えれば考えるほど落ち込んで行きましたが、
恐怖や不安と向き合っていても、何も出来ないし何の解決にもならない
のだと気づきました。
当たり前のことですが、地震の直後にはこの当たり前のことが考えられません。
少しずつではありますが、自分に何が出来るのだろうかと考え始めました。

今こそ日本全体が一丸となって被災地への支援を行う時ですよね。
ひとりひとりが考え行動していく時です。

復興には、長い道のりが待っています。
阪神・淡路大震災においては、10年以上もの復興期間を要しています。
初期の支援はもっとも重要なものではありますが、
長きに渡る継続した支援こそが、私たちに課せられた使命だと思います。

企業としても個人としても、災害被災地への支援や日本の復興を願い
被災者様の心情に痛みを覚えつつ真摯な思いで
微力ながら精一杯頑張っていこうと思っています。

それで一体自分に何が出来るんだろう?

まず第一番目は、
この事をいつも・いつまでも忘れないことだと思いました。

一ヶ月経った今、停電も無く余震も無く、普段通りの生活に戻ると
この事が薄らいでいきますよね。

さらに時間が経過し、原発問題も解決し、テレビでも地震関係のニュースが
流れなくなったとしたら、どうでしょうか?
一年・二年と時は過ぎて行ったら、どうでしょうか?

被災者の方々は、いくら時が過ぎようと忘れることは出来ませんよね。
震災直後から、一ヶ月・半年・一年目・二年目...。
新たな困難な状況が続いていきます。

みなさんは、広島に原爆投下された日時を覚えていますか?

1945年8月6日 8時15分です。
僕はその13年後に広島で生まれ育っていますから良く覚えています。

その時にも原爆の直撃とその後の放射能汚染で、沢山の方々が被害にあっています。
今回の地震も放射能問題が関わっていますので、
広島・長崎の原爆のことも思い出しました。

原爆投下されて13年後の広島では、まだたくさんの放射能が残っていたのでしょうね。
その中で生まれ育ってきたんだなあと改めて思いました。

人間は、忘れることが出来ます。良いことでも、悪いことでも忘れることが出来ます。
今回の地震の件でも原爆の件でも、
忘れては行けないこととして心に刻み込みたいと思いました。
自分自身、忘れないようにすることに自信が持てないのです。
どうか忘れないように神様にお願いしたい。

忘れなければ、何か考え行動もできますが、
忘れてしまえば、何もしなくなりますよね。
だから、一番目には、忘れないことだと思いました。

二番目には、「一隅を照らす存在になる。」
金八先生の最終回を見て、最後の金八先生の言葉にありました。

今回の地震の件で、色々なことに悩んでいましたが、
この言葉が、凄く身に沁みてきました。

全体を照らす存在ではなく、自分の周り(一隅)を照らすこと。
その一隅が繫がると、やがて全体を照らすことになる。

今、自分に出来ることを粛々とやり続けること。
家族を守り街を守る。会社を守り発展させていくこと。
一家の長としての役割と、企業の代表としての役割をしっかりとやる。

普通に生活できることに感謝し、自然に感謝する。
他人のことをもっともっと思いやる心を持つ。
人のためになる仕事をする。などなど......。
自分で考え、自分に出来ることを
しっかりやることですよね。

義援金にしても自分に余裕が無いと出せません。
しかも、今だけでなく永続的に義援金を出せるように
企業は利益を出さなくてはなりません。

自粛は経済発展の妨げとなり、復興支援の妨げにもなりかねません。
被災に関係ないところで生活している人々やお金に余裕がある人々は、
義援金はもちろん。今こそお金を使ってまわしていただきたい。

今日は4月11日。桜も満開です。
まるで何事も無かったように、
青空の下、桜が咲き、桜吹雪が舞っています。
もう何年・何十年・何百年...と
桜は咲き続けてきました。

大丈夫!必ず乗り越えてみせる!
そう心に誓いながら、新しい一日を歩み続けたいと思います。

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藤本邦彦
藤本邦彦
プロフィール
藤本 邦彦
1958年広島県生まれ。國學院大学法学部卒業。数年間の広告代理店勤務を経て、1987年に独立。広告代理店として株式会社ライトスタッフをスタートするが、数年後『心身ともに健康で積極的に生きる』をコンセプトに環境事業部を設置。現代を前向きに生きるための様々な商品の販売事業を全国に展開。

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