吉家先生のなるほど!心理学講座
第五回

「上がり症を治す!」

「上がり症」克服を諦めるのは問題?!

色々な企業にお邪魔したとき、「上がり症の方」とお聞きすると、大抵6割くらいの方が手を挙げられます。日本人の多くは、相手の目を見て話をするのが不得意だったり、つい小さな声で話してしまったり、多くの方の前で話をするのを固辞したりするものです。

きっとその方々は、中学生や高校生だったころも、大学生になっても、そして社会人になってからも上がり症なのだと思います。どうして、治さなかったのでしょうか。

それは、周囲を見ると上がり症の方が多くて、あまり「普通」から外れているようには感じられなかったり、治そうと思って何回かトライしても改善できず、あきらめてしまったのかもしれません。更には、上がり症は不便ではあるものの、それほどの損失にはなっていないと感じているのかもしれません。

きっとその方々は、中学生や高校生だったころも、大学生になっても、そして社会人になってからも上がり症なのだと思います。どうして、治さなかったのでしょうか。

実は、ここが問題なのです。

上がり症による最大の損失は、大切な場面で上がってしまって思うように振舞えなくなることではありません。もちろんそれもありますが、上がり症の人は、上がった時の自分が大嫌いになり、上がる可能性のある状況を無意識に避けるようになるのです。

それを意識的に自覚しているのなら、「これは自分にとって大切だ」と思ったときには、上がってしまうことを覚悟してその場に臨むこともできるでしょう。でも、無意識に避けていたら、自分が気づく前に避けてしまうので自覚できません。とても大切なチャンスを、知らない内に逃してしまうかもしれないのです。10年、20年という長い時間の中で、大切なはずの場面を避けてしまい知らない内に途方もないほど自分の人生を狭いものにしてしまうのです。私は、これが上がり症による最大の損失だと確信しています。

それでは、上がり症について、もう少し詳しく見てゆくことにします。上がり症の人には共通して、「大切な場面では普段の私よりも立派でなければいけない」という思いがあります。そして、日頃から「普段の私」の外に、「特別に立派な私」という出城を築いています。そこに問題があったのです。

下の図を見てください。

例えば明日百人の前で講演をする人が、必死に原稿を暗記したとします。当日演台に上るとき、意識は当然その「特別に立派な私」の中へと移行し、一時的に「特別に立派な私」を演じることでしょう。しかし、そこには前日覚えたはずの原稿の記憶ばかりでなく、普段の智恵や知識すらないのです。これが、上がった人の「頭が真っ白になる」現象です。文字通り、情報がないので真っ白なのです。

更に困ったことには、30分ほどして平常心にもどったとき、上がっていたときの自分を、死ぬほど嫌うことです。「あれは、何かの間違いだ」とか「今度上がったら死んでしまいたい」などと大げさに考えてしまいます。その結果、「普段の私」と「特別に立派な私」の断絶が益々ひどくなるのです。「普段の私」と「特別に立派な私」の断絶が激しくなると、意識は「特別に立派な私」へ移動した時に、元に戻りにくくなってしまいます。もちろん、そうなれば当然、上がり症も重症化してしまいます。最初はほんの少し上がってしまっただけかもしれませんが、嫌な体験を重ねるごとに、どんどん重症化してしまうのです。

“逆のことをする”のが克服のカギ

どうすれば治せるでしょうか。

それは、上がり症がひどくなってしまうことの逆をすることです。冷静で有能な「普段の私」にもどったとき、上がったときのことをじっくりと実感を伴って思い出すことです。もちろん、それはとても辛くて、文字通り、穴にも入りたい気持ちになるかもしれません。でも、自分のことを心の中で思い出すだけなら、実害はないはずですよね。

例えば「あのとき、どんな気持ちになっただろうか」とか、「私はどんな様子になっただろうか」などと一所懸命に思いを巡らしてゆけば、そのときのことが少しずつよみがえってくるはずです。

思い出しにくければ、「上がったときの私」を演じてみるのも一考です。ともかく一所懸命に何度も思い出すのです。

再び、図を眺めてみてください。

意識が「普段の私」の中から、実感を伴って「特別に立派な私」であるときの体験を思い出すことは、意識が二つの私にまたがって活動することを意味します。すると、思い出した数だけ「普段の私」と激しく分断していた「特別に立派な私」の間につながりができてきます。そして、つながりができればできるほど、「特別に立派な私」は、「普段の私」の中へと入り込んできて、ついには一体化してしまいます。これは、うつ病のときと似ていますね。「普段の私」と「問題を起こす私」が一体化してしまえば、意識が「普段の私」から外れて移行するような場所がなくなってしまいます。つまり、上がることは不可能になってしまうはずです。

もしあなたが元気の良い方であれば、自分から進んで上がるような場面に飛び込んで行き、こうしたことを積極的に繰り返すのも可能かもしれません。もちろん、積極的に繰り返せば、それだけ短期間で効果を上げられます。

もし、そこまでは無理だと感じたら、たまたま上がってしまったときに、ここに書いたことを思い出してください。そして、残念ながら「上がったときの自分を振り返る」のも難しいと感じたら、それは専門家であるカウンセラーに相談することをお勧めします。

更に留意すべき点があります。

上がり症を治そうという試みを始めたら、最低でも3カ月は続けてみてください。心の変化が脳組織に反映するには、短くてもそのくらい掛かると言われているからです。可能なら半年続けてみましょう。それでも、何十年と続く人生の流れを大きく変えられるなら、決して長くはないと思います。

実は私自身、大変な上がり症でした。

今振り返ってみて、過去の自分がどれほど惨めだったか、本当に痛感しています。ですから、一人でも多くの方に、是非とも上がり症を克服して頂きたいと願っている次第です。

PROFILE

心理コンサルタント 吉家先生のプロフィール

吉家重夫。心理コンサルタント。日本心理アドバイザー協会会長。「統一場心理学」提唱者。
1994年「内在者理論」という新たな心理学を提唱。1996年、応用心理学研究所設立。1999年、日本心理アドバイザー協会設立。2001年、年「内在者理論」を発展させた「統一場心理学」を提唱。

目次(全5回)
第5回 「上がり症を治す!」
第4回 「新型うつについて」
第3回 「うつについて」
第2回 「不安って、どこからくるの?(2)」
第1回 「不安って、どこからくるの?(1)」