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2009年8月28日

バニラスカイ

人間は一体どこに向かって、一体何をしようとしているのか?
今回のヌースDEシネマは「バニラスカイ」を題材に
ヌーソロジーの独自な視点で語っていただきます。

【作品紹介】
 デイヴィッド・エイムス(トム・クルーズ)は、マンハッタンの豪邸に住み、フェラーリを乗り回すニューヨーク出版界の若き実力者。ハンサムで裕福、カリスマ性に満ちた彼の存在は人々を魅了し、彼自身も自由奔放なプレイボーイを気取っていた。その日も、彼のベッドにはジュリー(キャメロン・ディアス)という魅力的な女性の姿が。ところが、デイヴィッドは親友ブライアン(ジェイソン・リー)がパーティーに連れてきたガールフレンドのソフィア(ペネロペ・クルス)に、一目で心を奪われる。デイヴィッドの心変わりをジュリーが見抜くのは早かった。ジュリーは彼をドライブへと誘う。そして思い詰めたジュリーが運転する車は次の瞬間、崖にめがけて猛スピードで突っ込んでいた。この事故が、彼の人生を大きく狂わせることになる。デイヴィッドは一命こそ取りとめたものの、ハンサムだった顔が、見る影もない醜さに変貌してしまった。絶望の中をさまよい続け、ついに元の顔を取り戻す方法を見いだしたデイヴィッド。しかし、彼の運命はやがて、思わぬ方向へと転がり始める。(ウィキペディアより)

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藤本 今回の映画は、半田さんオススメ映画のトム・クルーズ主演作品『バニラスカイ』です。デイヴィッド(トム・クルーズ)は、大富豪の青年実業家でしかもイケ面。豪邸に住み高級車を乗り回し、いつも女性が側にいるプレイボーイ。誰もが羨ましいと思うような生活ですね。ところが、ある事件をきっかけにデイヴィッドの人生は急転換。デイヴィッドは親友ブライアン(ジェイソン・リー)が思いを寄せているガールフレンドのソフィア(ペネロペ・クルス)を、自分のバースデイパーティで紹介され一目で心を奪われる。デイヴィッドは、セックスフレンドだと思って付き合っているジュリー(キャメロン・ディアス)に対し冷たく接するようになり、深く傷ついたジュリーは、デイヴィッドを車に乗せ無理心中を計る。ジュリーは死に、デイヴィッドは一命こそ取りとめたもののイケ面だった顔が、見る影もない醜さに変貌してしまった。その時から、真実の自分(ほんとうの幸福)を探すための苦悩の旅が始まるのですが、現実と夢・過去と未来が複雑に絡み合ってストーリーが展開されていますから、かなり難解なところがありますね。最後の最後まで、どうなっているのか?どうなっていくのか?全く解りませんでした。

半田 確かにストーリーがいろいろと入り組んでいて解釈が難しい作品ではあったよね。ただ、僕自身この映画には個人的な思い入れがとても強くてね。というのも、僕自身、28才のとき突然、精神の不調に陥り、精神科の施設に強制入院させられたことがあったんだ。そのとき大好きな女性がいたんだけど、結局僕のもとから去って行ってね。だから、デイヴィッドの気持ちにやたら共感しちゃって、すごい印象に残る作品になっているんだよね。

藤本 そうだったんですか。半田さん自身にも、デイヴィッドと同じような人生の急転換があったんですね。その時に色々なことを体験し、苦悩したり考えたりされたと思います。映画では、ジュリーがデイヴィッドを車に乗せ、無理心中を計る直前に「あなたにとっての幸せって何?私にとっての幸せはあなたと一緒にいることよ。」って言うセリフがありました。この作品のテーマですよね。デイヴィッドは今まで、そんなことを考えたことが無かった。何不自由なく暮らす大金持ちでイケ面ですからね。ただ単に、セックスを楽しむ相手にそんなこと言われたから「おいおい、何言っているんだよ!」って迷惑な話だと思っている。次の瞬間車は猛スピードでガードレールに衝突し、道路から弾き飛ばされ、転落し壁に激突する。醜い顔で生き残ったデイヴィッドは、それから自分の人生や自分の幸せを考え始める。ある事件や出来事が切っ掛けに、人生が変ることはありますよね。

半田 おうおうにして不幸な出来事というのは、その当時者にとっては必要以上にイメージを肥大化させてしまうものだよね。デイヴィッドの場合、確かにひどい事故で以前の顔とは似ても似つかないような醜い顔になってしまったわけだけど、彼自身の爽やかで快活な性格が変わらなければ、他人はまぁ「お気の毒に」と思うぐらいで済んじゃう。でも、デイヴィッドにとっては顔が崩れてしまったことが自分の全人間性が否定されたかのような幻想を抱いてしまい、今度はその幻想が当人の精神性までも蝕み、結果、ほんとうに救いようのない闇の中に転落していってしまう。まぁ、程度の差こそあれ、こういう経験は誰にでもあると思うんだけど、人間はあくまでも他者の目によって自分のイメージを作っているから、どうしても他者からどう見られているかが先行してしまい、自分がどうあるべきかという意識を失ってしまうんだね。結果的に、そのことが人生を負のループへと向かわせてしまう。

藤本 確かにその通りです。自分がどうあるべきかではなく、他人にどう見られているかが先行し過ぎることは多々ありますよね。両方大事だと思いますが、他人にどう見られているかが先行しすぎると自分を見失うし、他人も解らなくなると思います。この映画の中で鏡がよく出てきます。鏡を見るまでは、何も変らないままの自分があるけれど、鏡を見た瞬間に醜い顔の自分を発見する。自己から見ている自分と他者から見ている自分を表わしているのでしょうか?

半田 その通りだと思うよ。鏡は他者の眼差しを代行しているものだね。心理学的にも鏡像段階という考え方があって、これは自我は他者から見られている自分のイメージを基盤に自我を発達させていくというものなんだ。人間という存在はその意味で、自分のルーツにまずは他者を持っている存在なんだね。それだけに他者からは逃れられない。

藤本 なるほど。人間は他者の眼差しで自分の自我を発達させるってことですね。赤ちゃんが母親を見て人間としての自分を形成して行く過程ですね。でもデイヴィッドは、他者から見られている自分のイメージを先行させて、自分が他者を見ようとしていない。ジュリーをはじめ、周りの人に対して他者を見つめ理解しようとしない。他者の眼差しを感じることは、他者を見つめ理解することにもつながっていく。そこから自我が発達するんですよね。

半田 そうだね。デイヴィッドは典型的なナルシストと言っていい。鏡の中に映った自分だけを愛して、つまり、皆がうらやむルックス、地位、財産等、自己イメージが形作られている鏡像的な要素だけに注意を向けて、他者に対する自分の振る舞い、例えば、ブライアンの彼女を平気で横恋慕したり、それこそ、ジュリーのひそやかな愛情にも気づかない。つまり、いつも自己像に注意が行ってばかりいるから共感能力に欠けているわけだ。当然、自我として未熟だね。

藤本 ジュリーが『あなたにとっての幸せとは何?』とデイヴィッドに問いかけていましたが、自分が幸せだと感じることができるのは、他者との関係性から逃れることはできない。だから他者なくして自分の幸せも考えられないってことですよね。そのことと自我の発達とどう関係しているのですか?幸せは自我の発達と深く関わっているということですかね。

半田 もちろん、幸福感には物質欲や性欲など様々な欲望が満たされることも含まれると思うんだけど、根本的には自分自身の生の充実感を言う訳だよね。この生の充実という観点からすれば、欲望が満たされるということは些細な要素にすぎなくて、むしろ、欠如に対してそれを埋めようとする欲求や、それに対する挫折、さらにはその挫折を乗り越えるといったような繰り返しの中に人はいい知れぬ達成感や満足感を感じるものだよね。だから、喪失や欠如によって人は初めて大切なものを知るし、そこで闇を見て初めて光を知る。当然、こうして知ったつもりになっていた光も、暫くすると色褪せて、また闇に落ちたりもするのだけど、そういう葛藤や反復の中にこそ実は幸福は存在するのであって、自我もまたその経験によって成長していく。そういうものだと思うよ。その意味で言えば、デイヴィッドはあまりに恵まれすぎていて、欠如や闇がなかったんだね。だから、幸福を感じることもなかった。ジュリーの質問の意味が理解できなかったのもうなずけるよね。

藤本 そうですよね。デイヴィッドは、女性関係も含め、お金や食べ物・モノは、当たり前に目の前にある生活を続けてきたので、挫折や闇を知らなかった。だから達成感も満足感も知らないし、本当の生の充実感も無かった。デイヴィッドが幸せになるためには、ソフィアの存在が必要なんですね。本当に愛する他者の存在が必要だという事ですね。

半田 ソフィアは今までデイヴィッドが知っている人たちとは全く違ったタイプの人間だったよね。つつましくて、控えめで、自分を飾らない朴訥さと純真さ。そこで初めてデイヴィッドの中に何かが生まれたんだろうね。普通だったら、会ったその日にすぐベッドインまで持ち込もうとするデイヴィッドもソフィアにはそれができない。いや、そうしたくないと思う何かがソフィアにはあった。

藤本 ソフィアと出会う事で何かが生まれたとしたら、それは本来デイビィッドが持っていたもので、それが目覚めたと言う事になりますよね。ソフィアと出会った直後に、醜い顔に変貌したデイヴィッドの苦悩は始まる事になるんだけれど、自分を失ったデイヴィッドは、こんな姿の自分をソフィアに受け入れてもらえるかどうか悩み苦しみます。親友のブライアンに対しても、ソフィアと何かるんじゃないかと嫉妬しますよね。ジュリーの気持ちが少しわかったのでしょうか?デイヴィッドは他者を見つめることを始めた。それは自己も見つめることにつながっていく。それから物語は、夢と現実と過去と未来が入り交じって展開されますね。

半田 このへんの構成は絶妙だったね。ストーリー展開の中で何が現実で何が幻想なのかが観客にも分からなくなる。観客は丸ごとデイヴィッドの意識の中に吸い込まれて行くって感じだよね。そこでデイヴィッドの苦悩、それからくる苛立ち、そして、ソフィアへの想い、をいやというほど共感させられる。合間合間に、精神科医が出てきて、デイヴィッドのカウンセリングを始めるよね。僕なんかは昔の自分と重なってデイヴィッドの抱えている闇が痛いほど伝わって来たなぁ。喜びや楽しさの感情というのは個人を超えた方向を持っていて、容易く共有されやすいんだけど、悲しみや苦しみという感情は個体をより孤独にしていくんだよね。こんな苦しみオマエになんか分かってたまるかって。そうやって他者を拒絶していくことで、デイヴィッドの苦悩はさらに悪化の一途を辿る。で、どこからともなく声が聞こえてくるわけだね。「オープン・ユア・アイズ(目を開けなさい)」って。

藤本 現実と幻想の中で苦悩していくデイヴィッドですが、ソフィアと愛し合うシーンもありましたね。ソフィアは、醜くなったデイヴィッドを受け入れ、二人で新しい生活を始める。最新技術の手術によって自分の顔も取り戻し、全ては上手く行き、幸せを感じ始めるのだけれど、ある日ソフィアがジュリーと入れ替わってしまう。ジュリーは「私はソフィアよ。」と訴えるのだが、顔かたちはジュリーそのものだ。錯乱状態になったデイヴィッドは、ジュリーに暴力を振るい、最後には殺してしまう。死んだのはジュリーかソフィアか?殺したのは自分なのか?一体何が現実で何が幻想なのか?そしてラストシーンへと突入していきますが、予想外の展開に驚きました。

半田 うん、このソフィアとジュリーの入れ替わりは。一度観ただけでは頭の整理がつかないかもしれないね。このシーンが意図していたのはおそらく、デイヴィッドの眠れる良心を表現したかったからじゃないかと思うよ。確かにデイヴィッドはジュリーに無理心中を強いられたんだけど、ジュリーを殺したのは実は自分だったのではないか、と一種の罪悪感みたいものが無意識としてあったんだと思う。そして、その罪の意識がソフィーとジュリーを反転させて、結果的に自分を責めるような形で出てきたんだと思う。その罪悪感から逃れようと今度は反対にまたソフィアと入れ替わったジュリーを殺そうとする。この時点でもデイヴィッドはまだ自分の殻から出られないで、もがき苦しんでいるんだよ。きっと。

藤本 デイヴィッドが、今までの自分の殻から抜け出すシーンが、大どんでん返しのラストシーンですね。実はデイヴィッドは事故の後、自分の人生に悲観して引きこもってしまう。その時にインターネットで、死んだ後に死体を冷凍保存して、医療技術の進歩した未来で蘇らせるという会社を見つけ契約を交わし、睡眠薬を飲んで自殺をします。その会社の最新技術では、冷凍保存をしている間、現在のその後の人生を夢で体験できるようにプログラムされている。その夢の中では、自分が思うままに生きれるようにプログラムされているのですが、ソフィアと再び出会い愛し合うまでは、思うままだった。最後にデイヴィッドは、夢の中でその事を思い出すんですね。「オープン・ユア・アイズ」ほんとうの目覚めがもうすぐやってくる。

半田 あの展開にはびっくりしたね(笑)。ラストでデイヴィッドがビルの屋上で記憶の監視員に選択を迫られるシーンがあったよね。今までの現実の中で苦悩し続けるか、それともこのビルの屋上から飛び降りて、新しい現実の世界へ脱出を試みるかって。実はこの作品が最も言いたかったことはこのシーンに現れていて、それは単にデイヴィッドだけではなく、映画を観ている観客自身への問いかけでもあったと思うんだよね。ひょっとすると僕ら一人一人が今、夢の中を生きているのかもしれない。夢の中で勝手に妄想を作って苦しんでいるだけかもしれない。他者を理解しようとせず、単に自分の鏡像の世界の中で自我という夢見を生きているだけなのかもしれない。そんなことを考えさせられたよ。よく言うよね。この人生のストーリーは全部、自分が書いているんだって。物語を良くするも悪くするも、実は自分の考え方であって、多くの場合、不幸が降り掛かるとデイヴィッドのように他人のせいにしたり、世間のせいにしたり、自分自身を振り返ることはない。デイヴィッドは最後の最後に気づいた。自分を取り戻すためには空に向かってジャンプするしかないってね。

藤本 最後にソフィアが、デイヴィッドに言っていた「人は今すぐ、ここから変われる。」っていう言葉が心に残っています。その事に気づけば、瞬時に現在過去未来を変えることが出来るんですね。

投稿者 right : 2009年8月28日 15:00