2010年8月26日

真のエコ社会とは 音楽を楽しむ様に 手間を惜しまない社会です。


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 ボクのここまでの人生に
生きる歓びと希望を 
与えてくれたのは何しろ音楽。
小学三年の秋 音楽室で聞いた
サンサーンスの『白鳥』の一曲が
「ボクも音楽家になりたい!
 作曲家になりたい!」と
幼くして将来の夢を
方向付けてくれたのです。
 当然まだ幼いですし
音楽家・作曲家になるなんて術を
持っている筈もありませんから
当時は耳に飛び込んで来る音楽を
片端から即座に真似して歌っては
「この曲が好き!
 この曲は何か好きくない!」
なんて 感じるままに
友達に曲の批評をしていました。
それは自分が唄いにくく
難しいから嫌いとか...
また すぐ唄えるから好きとか...
そんな単純な評価ではなく
一度では覚え切れない程の
長くて難しい曲でも
「ここが好き!この部分の
バイオリンのメロディーが好き」と
言った具合に 全くの主観で
独断的な判断ではありましたが
兎に角ボクの中の「何」かに
ワクワクが響かない様な代物には
優劣が付けられませんでした。
もちろんクラッシックだけに限らず
どんなジャンルでもそうでした。

 小学生の頃の思い出ですが
両親に連れられ初めて行った
島倉千代子さんのコンサート。
立川競輪場での特設会場は
ステージを取り囲む多くの人で
ごった返す お祭り騒ぎ状態。
その熱気の渦の中で
今は亡き父に肩車をしてもらい
人の頭越しに見た初めての歌手。
人の歓声と言う雲に浮かび
光り輝く観音様が歌っている様で
胸のドキドキが響き続けたのを
今でも鮮明に覚えています。
 リズムのある曲になると
父はボクの足から手を離し
手拍子をしたり
踊ったりするものですから
肩に乗っているボクは
まるでロデオでもしている様で
ケチャケチャと笑いながら
一緒に演歌を口ずさみました。
 (日本人ぽいでしょ。)
 また実らぬ初恋を歌った
ヒット曲『この世の花』の
切ない前奏が流れた時には
会場から溜息が漏れ
父の肩からも力が抜け
ボクの視界が徐々に下がってゆき
突然足をギュッと握られた
あの感覚も身体で覚えています。
きっと 青春時代を戦争に奪われ
果たし得なかった多くの残念が
浮かんで来たのでしょうネ。と
今だから察することが出来ます。
それでも子供たちの為に
「生きる」を選択してくれた
両親 そして 先人達に今更ながら
感謝の気持を込め「ありがとう」。
 現代とは違い 殆どの物資がない
そんな時代の最中にあって
まさしく人々の生きる希望を
確実に繋ぎ止めて来たのは
美空ひばりさんや
島倉千代子さんたちの様な
優しく力強い元気に満ちた
歌声だったことを痛感します。

 おっと!失礼しました。
お陰様でお世話様の天波です。
こんな調子で始まりましたが
何を書いて良いのやら解らぬまま
ふと書き出してしまった序文。
頭の中に流れていたイメージは
何故だか映画の「サウンド オブ
ミュージック」のことと
エコ社会を実現してゆくには...?
なんてことが巡っていたせいか
長い序文になってしまいました。
 そんな訳で今回は
芸術の秋でもあることですし
音楽とエコについて
書いてみようと思います。
果たしてどんな結末になるのやら
最後までお楽しみに!

 まずボクは音楽を
次の様に捉えています。
 音楽とは人の仕草の一つで
相手と感情や思考を共有する
ゆとりの動作ではないかと...。
ですから音楽には
美しい歌声(主感)だけではなく
より同調しやすく 客観的で
舞踏的な表現をするための
様々な楽器も必要に
なるのではないのでしょうか。
 では古代の楽器とは どの様に
発展して来たのでしょう?
その辺りから お話しを進めて
ゆくことにしますネ。
 紀元前三千年の古代壁画にも
笛や太鼓を持った音楽隊が
描かれている様に
人類と楽器との付き合いは
永きに渡り身近な存在に
あったことがまずは解ります。
木や石を叩き擦っていた
古代人のそんな仕草が
気の遠くなる様な年月を経て
土を焼き固めて作った
土笛・土鈴などへと発展し
やがて動物の皮などを加工し
木枠に張る太鼓へと進化。
骨や角・木の枝をくり抜き
器用に笛を作る技術へと
発展してゆきました。
 しかし人は何が故に
音を出すこと また音を  
聞くことが楽しいのでしょうネ?
「音は生きる者への証。」と
ボクは歌っていますし
このことが人類の仕草の進歩と
よくみんなにお話ししています。
 古来これらの楽器は
主におめでたい婚礼の席や
葬儀の席に使われていましたが
いつしか争いの場面にも登場し
部族の指揮を高めたり
仲間の安否や位置を確認したり
また敵を威嚇したりする
戦闘狩猟用の道具の一つとして
扱われる様になってゆきます。
しかし 紀元前千年前後になると
初めて人が音を楽しむ為の
擬人的な要素を持った楽器として
一本の弦を擦ったり 叩いたり
弾いたりする 弦楽器らしき
楽器が作り出されます。
やがてそれ等はシルクロードを経て
ヨーロッパへと伝わり
弦楽器の原型とも言える
チター・ハープ・リュートと言った
弦楽器に変容してゆくのです。
そして 現代の弦楽器のバイオリン
ピアノ・ボクの好きなギターへと
進化発展して来たのです。
「えっ!ピアノって
 弦楽器だったの?」
「ちょちょっとあわてないで下さい。
 どうもそのピアノが
エコひいきに結びつきそうな
 キーワードの様ですから...。」
では先を続けます。
 先程ピアノのルーツは
弦楽器ですと言いましたヨネ。
基本的には当たりなのですが
よくよく調べてみると
ルーツは確かに弦楽器なのですが
オルガンの鍵盤楽器が 生みの親
とも言うことが出来るのです。
それは それまでの弦楽器は
人が容易に抱えたり移動したり
出来る大きさであったのに比べ
パイプオルガンやピアノは
宗教上の関係からでしょうか
大型で移動しにくいものです。
大げさに言えば鉄筋木造建ての
機械室とも呼べる代物で
なんと!ピアノの重さは
アップライト式で二百~三百㎏
グランドピアノでは三百~五百㎏にもなり 
相撲の力士が四人で
やっと抱え上げられる重さです。
因にあの大きなハープですら
三十㎏ですから
その大げさ度が解ると思います。

 どうですか?人類がエコから
離れていった分岐点は
どうもこの辺りの時代背景に
あった様に思えませんか?
但し もっと古い分岐点は
動物の腸などを乾燥させ
引き延ばした弦を
骨や木の枝や板に張っていた
弦楽器の原型に別れを告げ
金属を引き延ばした弦を
使うようになった時 言うならば
人類が製錬技術を得た時代まで
遡ってしまいますので
打弦楽器のピアノが爆発的に
広がった今から三五〇年前の
産業革命以降と言う
時代に着目して欲しいのです。
 古代の人は音楽を楽しむ為に
石や木等の自然をそのまま活かし
自分達で楽器を作っていましたが
支配者思考の権力者が
宮殿の様な建物と一体型の
鍵盤楽器を登場させ
庶民・平民たちを市場主義の
場へと駆り立てていったのでしょう。
 簡単に言えば機械化が進み
手交品だった楽器が
大量生産によって
個人も手に入れられる様に
ビジネス的に仕掛けた訳です。
 使用人を置いた豪邸に住み
バーバリーのスーツを着こなし
自動車の後ろに座る紳士と
パーティーに着てゆくドレスを
優雅にショッピングし
紅茶を飲みながら
楽士の奏でるピアノの調べに
うっとりする淑女たちを...。
それが最もステータスで
豊かな暮らしの頂点として
サブリミナルしていったのです。
(使用人のこと等忘れてネ!)

 最後にボクは高価なピアノが
非エコであるとかそうでないとか
言いたいのではありません。
ギターでもその他の楽器でも
数千万円を超える代物は
世の中にはいくらでもある訳で
それはそれなりのプロにまかせ
エコひいき的暮らしの音楽としては
まずは自らの日常的主感や
主張を音楽的に表現出来る様な
感性と環境を身に付けることが
とっても大切だと思います。
音楽的な表現とは
相手の心情や状況を思いやれる
ゆとりある本能的表現の事です。
今こそ押し入れにしまってある
ギターを引っ張り出して
君の音を響かせて欲しいのです。
保育園や学校の行き帰りに 
 そして お風呂場で気持ちよく
歌っていたあの頃の様に  
殺伐とした現代に心の音楽を
取り戻してゆきましょう。そして
サウンド オブ ミュージックの様に
諦めずにエコ社会への山脈を
乗越えていって欲しいと思います。
 そして ボクは人だけではなく
自然に対しても子守り歌を
唄いつづけられる様なエコひいき的
農明シンガーとして 
年を重ねてゆくことだと
信じています。
「白鳥」の曲を初めて聞いた時
「このまま死んでも良いナ」と思った
あの時のボクを忘れず
音楽を産んでゆくことです。

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投稿者 fujimoto : 13:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

自然の恵みに給わる 人の手仕事に感謝しよう。

『胡麻の花』
      作詞/作曲 天波

♪遠慮なんかしなくて良いョ
 ボクのためになら
 遠慮なんかしなくて良いョ
 ボクのためになら

 何千万年も生き続けた
 いのちを運ぶ一粒の種
 遠慮なんかしなくて良いョ

Come on Come on 
Come on it a lucky mouth
Come on Come on 
Come on it a lucky mouth
遠慮なんかしなくて良いョ♪

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 二月三月四月の熊本は
観測史上初の降雨量を記録し  
どれみ村の春野菜の出荷も
栽培エリアによっては
収穫に二十日から一ヶ月位の
遅れが出てしまいました。(涙)
雨だけでなく遅霜に春雪まで
味わってしまったのですから
無理もありませんけど...ネ。
雨が降ると畑は耕せない
無理しても体調を崩す
折角蒔いた種も雨に流され
元の木阿弥になってしまいます。
世間で大雨と言えば全国各地で
地滑りや土砂崩れと言った
大災害になることもありますが
畑の畝を連なる山脈と例えれば
そこに暮らす虫や草花にとって
規模こそ違いますが 毎回
土砂崩れや崖崩れ大洪水が
起きたのに匹敵します。
そんなことが起きたら
ましてや種は赤ちゃんですから
いのちを落とし兼ねませんョネ。
だからこそ植物たちは
沢山の種を着けるのですネ!
そしてその一粒ずつのいのちを
風や水や動物たちの力を託し
時間をかけ 色んな所に
運んでいってもらうのですネ。

 五月になっても真夏日に
なった日は僅か二日しかなく
全国のお天気ニュースを
見ていても かえって
熊本の方が気温の低い
そんな日が何度もありました。
それでも五月は晴れ雲の方が
多かったので 何しろせっせと
胡麻の種蒔きに精を出しました。
お陰で全身金胡麻色に日焼けし
何処からか来た外国人の様です。
実は 胡麻の種は村明さんが
トルコに行かれた際 
手に入れられた金胡麻の種なので
もしかするとトルコの人に
なれたのかも知れません。(笑)
 お土産に頂いた一握りの種を
五年間大切に育てて来ましたが
去年は「自給分」を別にして
そこそこの量が採れたので
今年は是非村明さん達にも
分けてあげられる様にと思い 
三月から準備をしていました。
ところがこのお天気でしょ!
結局当初計画していた
半分以下の栽培面積に
なってしまいました。(残念)
それでも後半は天気も回復し
少しでも多くの種が芽吹く様に
心に念じながら 夏野菜の
種も蒔くことが出来ました。
感謝です。(滑り込みセーフ!)

 さて今回は文中にもあった
「自給分」のお話しをします。
実はライトスタッフさんからの
提案は「自給率」でしたが
それだと一寸難しくなると思い 
エコひいきは草の根運動的に
「今の自分に何が出来る?」を
基本に進んで行きたいので
「自給分」とさせて頂きました。
内緒の話ですけど
食糧自給率なんて
権力者達が高い関税率を
カモフラージュする為の
詭弁に過ぎないのですから
だまされない様にして下さいネ。
簡単に言えば 肝心なのは
何かを生産するためには 
必ず石油・石炭・電気などの
エネルギーが必要なのです。
でも日本のエネルギー自給率は
僅か4%しかないのですから...
それに家畜を養うにしても
飼料の殆どが輸入なのですから
食糧自給率なんて考えは
全く意味を持たないことが
良く解ると思います。
 ほらネ!こんな風に
難しくなっちまうでしょ!
政府や社会の批判をしていても
自然は復活しないし
決して蘇りはしませんからネ。
だからボクは
小さな抵抗かも知れないけど
クワ一丁で友氣農行を
実践しているんです。
まぁ~自給自足を目指し
自給率100%の仙人に
なろうと思っているのでは
ありませんから くれぐれも
誤解なさらない様に...。(笑)
ボクは何はともあれ
自然が一番だと思いますし
「自分」は自然から分かれたと
勝手に解釈していますから
人も自然の一部であることを
分ち合える人たちが大好きです。
もし大好きな人がいないのなら
それこそ仙人になるかもです...。
でもボクには家族はもちろん
どれみ村で食を共に重ねる
245世帯の村明さんがいます。
平均2人家族と仮定しても
500名近い人の中には
どれみ野菜や玄米を20年
食べて大きくなった子供たちも まだ赤ちゃんも それに
お父さんにお母さんに
お婆ちゃんもお爺ちゃんも
いらっしゃいます。
ですからボクは仙人にも
ホームレスにもならずに
こうしてどれみ人生を充実して
歩んでいられるのです。(感謝)

 自然な食べ物を囲み
取り留めもない会話に和み
そして一日の疲れを
ゆっくりほぐしながら
治癒の為のエネルギーを蓄える。
そんな同じ釜の飯を食べる
許し補い合える味方たちの輪が
人を優しくしてくれるのです。
人に優しくない人が
自然に優しくなんて
出来る筈がありませんからネ。
(シーシェパードの様なのはダメよ)
古代から人と人の間に生まれた
争いが 自然をどれ程破壊して来たのでしょうか!
きっと そう言った人達は
食卓で野菜の話しや それを
作ってくれた人達のことなんて
全く話しもしないで ただ
食い物に貪りつくのでしょうネ。
 話しが少し逸れますが
3年前に世界最強の爆弾
「真空爆弾」の実験に成功した
と豪語していたロシアですが
周囲一帯の酸素を瞬時に
消し去る爆弾なんて
人だけでなく植物や動物も
瞬時に息絶えると言う事ですョ
核爆弾の様に歴史的遺産や
文化的な建造物は
破壊しなくて済むなんて
またも詭弁を使いやがって
(減農薬もある種一緒!。)
ふざけた事ぬかすんじゃね~ョ。
 おっと!ごめんなさい。
つい頭に浮かんで来たもので...。
ですから権力者のぬかす
食糧自給率なんて
考えないで良いんですョ。

 冒頭に載せた『胡麻の花』と
言う曲は「自給分」のことを
考え始めた頃でしたか?
何の因果か金胡麻と出逢い
そのことがきっかけになって
誕生した大好きな曲です。
胡麻も殆どを輸入に頼っている
ことを知っていたボクが
せめて自分の食べる分だけは
植えて見よう等と思わずに
残さず食べてしまっていたなら
めぐり逢えなかった曲と思うと
なんだか不思議でもあり 
ありがたい気持ちになります。
 日々食べ物にめぐり逢える
そのことのお陰様には
遥かな時間を超えた
多くの人たちの手の温もり  
そして様々な自然の生き物達の
営みが関わりあっています。
この奇跡的とも言える
命を繋ぐ食べ物にめぐり逢えた
幸運な自分の口に感謝しよう!
そんなメッセージが詰まった
一曲なのです。
 でも何故食べ物や
それを作る生産者にではなく 
自分の口に感謝しよう
なのだとは思いませんか?
 お金を出せば好きな時に
好きな物を好きなだけ
手に入れられる飽食の時代。
原材料も産地も良く解らない
まして生産者も解らない
それこそメーカーに
儀礼するしか無い様な
やるせない気持ちが
知らず知らずに
野菜の話しや作ってくれている
人達のことなど
全く話題にも上らない食卓を
作ってしまっているのです。
食卓なら まだましで
ファーストフードや
コンビニの食べ物に
ただ空腹を満たすだけの
野獣に成り下がって
しまっているのです。
「it a lucky mouth」の
歌詞はそんな風な心境の時に
例え生産者は見えなくても
もとのもとを辿れば
自然のものに辿り着く筈の物
食べたくても口にする物もなく
命を落としてゆく子供たちが
この地球上には
まだ大勢いるのですから
オーガニックなものでなくても
感謝して口にしようと思い
「it a lucky mouth」
「it a lucky mouth」
「いただきま~す。」と
自分に言い聞かせたのです。
でも体質に合わないのか
合わなくなってしまったのか
正直感謝の気持ちが生まれずに
結局続きませんでした。(反省)
それ以来外食を誘われた時は
「今食べたばかりなんだ!」と
相手に伝へ 同席しても
辛抱出来る様にはなれました。

 おっと もう頁がないョ。
ボクの考える「自給分」とは
全ての食料を自給しようなんて
それは得意体質の人に任せ
出来ればベランダの鉢植えで
良いですからプチトマトでも
ハーブでも自分で育てて見る
ことだと思います。もちろん
お米だって栽培できますョ。
そうすれば自然に
食べ物に感謝する優しい心が
育ってゆくと思います。
最後に朝のパン食をみなさんが
ご飯に変えるだけで
食料自給率を二%も上げる
ことが出来るのです。
朝からご飯は重たいと
思われる人は食べなければ
良いだけと思いますョ。
何しろ栄養やエネルギーは
少量のタンパク質を摂れば
自然から分かれた自分の小腸が
全て作り出してくれるのです。
 ボクは有機野菜や玄米を食べ
この大地に繋がる日本の心を
パフォーマンスしてゆきます。
「いただきアース。」

投稿者 fujimoto : 11:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月24日

天波博文コンサート案内!

「Moving Dragon Tour」スケジュール
*詳しくは天波までご連絡ください。090-1073-5717
日時 場所 内容 参加費 予約/問い合わせ
6月5日(土)
12:00~
広島市中央区
自然食品「あったかぽけっと
お話しと歌 無料 お店
082-232-8927
6月11日(金)
18:00~
静岡/菊川市上平川
レストラン「biobio」
ライブ 食事代 ラッコ
0904-748-2990
6月13日(日)
19:00~
千葉松戸市
Organic Restaurant「カムー」
ライブ ¥1,000 伊藤
047-389-9500
6月20〜21日
12:00~
神奈川真鶴市
真鶴海岸【夏至祭り】
コンサート ¥2,000 天波
090-10735717
6月25〜26日
12:00~
神戸市中央区
cafe「創造手」
超スーパーヒーリング ¥1,000 お店
078-221-5281
6月27日(日)
12:00~
京都市北区衣笠鏡石町47
「しょうざん」
村明結婚式
7月2日(金)
18:00~
佐賀唐津市浜玉町
天空の郷 「とんこば」
ディナーライブ ¥3,000 お店
0955-56-6390
7月3日(土)
12:00~
佐賀伊万里市東山代町
「とんがりぼうし」
unit八百萬爺 ¥1,000 お店
0955-28-4128

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2010年4月30日

気が荒れる アレルキー 胃が荒れる アレルイー 生活が荒れると実りのない むなしい川になる

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前号の「イキイキ生活通信」 突然のコンサートが決まってしまい
急きょお休みさせて頂きごめんなさいでした。
しかし ボクも曖昧ですけど 今年の天気も はっきりしない日が続きますネ。
友氣農行の方も日照不足と言う基本的な悪条件に 
春野菜の収穫が二十日以上遅れています。 
気の早い生産者の中には 今年は冷夏で一九九三年以来の
米騒動が起こるくらいの凶作だぞ なんてビビっている人もいますが
今年前半までの悪天候は 去年発生した
エルニーニョの影響に無理もありませんけど。
でも気象庁は そのエルニーニョも 
この春中には終息の見込みと発表していますので 
単純に冷夏とは読みがたい感があります。
 しかし ボクの感テナスコープの読みとしても
この五月~六月の梅雨時が もし空梅雨に終わる様であれば
夏は台風も多く 雨曇りの日が多くなり 
冷夏の可能性も大いに有り得るだろうし
そうであるとするなら
秋は干ばつ気味で残暑も厳しく 十一月まで続くのではないかと...
今のところ推測しています。
 その逆で梅雨らしい梅雨なら  常夏の熊本になると思いますし  
是非ともそうなって欲しいと 金ゴマの種撒きのチャンスを
谷間から空を見上げつつ お天道様に祈っています。

 友氣農行にハマってから 顕著に天候が気になり出し
毎日の様にネットで天気情報を見るのが日課となりました。
種を蒔く時期や収穫の時期 はたまた耕す時期まで 
全てが深く天候にかかわり合っていて
その時期がちょっと早まったり 遅れたりするとダメなんです。 
小松菜の種蒔きを例にとると 前後一日種蒔きがズレただけで
収穫時には最大二十日ぐらいの 差が生じるのですから
友氣農行が如何にアナログでファジーな働きなのか
と言うより如何にお天道様次第なのかが察し着くと思います。
そして その天候や生活環境が これから話すアレルギーに
絶妙に関係しているのですから 皆さんもきっと驚くと思いますョ。 

 まずアレルギーとは何か? 簡単に説明しておきますネ。
外部からの抗原に対し 免疫反応が過剰に起こる反応を
アレルギー疾患と呼びます。
乱暴な例えを出しますが 苦手な知り合いに突然ばったり
出会ってしまった時  誰しも「ヤバィ!」なんて
ドキッとしたり ビクッと 身体が縮んだりしますョネ。
あれと同様 生命維持のために苦手なものに対して起こす
軽い防御反応なのだと思います。

 以前にも書きましたが  ボク自身がアレルギー性の喘息持ちで 
食物アレルギーをも持っている体質なので
友氣野菜や自然素材の食材を宅配する『どれみ村』を
20年やってる訳ですが
考えて見ればアレルギーさんとは かれこれ 五十年以上の
長いお付き合いになるのですョ。
 でも だからこそ体感として解ったことがあるのです。
それではまずボクがアレルギーを引き起こす原因を連ねて見ますネ!
外部からの抗原(アレルゲン)と思われるものは

①シックハウス病に象徴される 新建材や壁紙・塗料。お風呂の水・クーラーなど。
②ハウスダストに象徴される ダニ等の死骸やカビ菌。ホコリ。 自然放置で飼われているペット。
掃除機の排気。ニセ貴金属。
③殺虫剤や蚊取り線香・芳香剤。 化粧品類。偽アロマ関連。
④下着・衣類や洗剤・漂白剤。
⑤果物や野菜・穀類など農産物。 養殖の魚介類・玉子と肉類。 加工品類では乳製品・酢・パンやお菓子類。サプリメント。嗜好品ではビール・お酒・ワイン・タバコ等など。

大雑把ではありますがボクの体質的に苦手なものが
世の中には充満しているのです。
それに不思議に苦手なのが蛍光灯が煌々と着いているお店。
(このことはまた別の問題なので今度いつか話しますネ。)
 しかし 列記したもの全てに反応するかと言うと そうではなく
自然素材を使用したものには反応しないのですから...。
例えば余り染色のきつくないコットンやシルクの衣類は大丈夫ですし 
むしろ肌触りが気持ち良いので好きです。
飲食物でもオーガニックなら大丈夫なのですから...。
はっきり言って ボクにアレルギー反応を起こさせている抗原は
化学繊維や化学染料・化学合成農薬・食品添加物等々の
欲を欲で満たす為に作られた化学物質に他なりません。
そう断言する自信が持てる様になったのも 
自分自身の中に眠っている本能と言うか感性を
どれみ村をやることで陶冶(とうや)出来たからです。
*ちょっとタンマ!陶冶なんてまた難しい言葉を使っちゃって...
実は安岡正篤先生の語録で最近覚えたばかりの言葉が
格好良いので使わせて貰いました。
「陶」と言うのは焼き物を造る。
「冶」というのは 冶金(やきん)の冶で 金属を精錬すること。
土を粘(ね)り焼いて陶器を造る。
鉄を鍛えて鉄器を造る様なもので 人間もやはり焼きを入れ 
鍛えることをやらなければものにならないそうですョ。

 ですからアレルギーをお持ちの方は
自分自身の考え方や生活感をもう一度陶冶してみて 
まず自分に反応する抗原を自らで認識することが大切です。
もちろん病院でもアレルゲンの検査をしてくれますが   
その検査方法にボクはいささかの疑問を持っています。
皮下注射や皮膚に検体シールを張る方法か 
最近では血液を摂取して検査機関で調べるのが主流だそうですが 
何れにせよ抗原を特定する為には
例えば小麦アレルギーでも蕎でも有機栽培された検体が 
それも新鮮な検体が絶対に必要です。
そうでなければ小麦粉に反応したのか?
残留農薬に反応したのか? 酸化物質に反応したのか?
正確に解らないじゃないですか?
もちろん素人考えですから皮下注射やシールの場合は
我が子のアトピー性皮膚炎で約十年間体験しましたので
その通りなのですが
血液検査の詳しい分析法については知りませんので 
まだ確信を持って言えませんけどネ。
でも現代医療が有機農産物まで踏み込んでいるとは 
とても考えがたいのが正直な思いです。
もちろんお薬の代わりに有機野菜を窓口で手渡してくれる 
解ってらっしゃるお医者さんも誕生してはいますけどネ...(嬉)
まぁ~アレルギー反応を起こすのは自分ですから 
何に触れたり近づくとまた何を食したりすると
反応するのかは 本当は自分が一番解って当たり前なのにネ!
それを他人様にお訪ねして
「そうですか。小麦アレルギーでしたか!」なんて 
うつむいて納得すること自体がそれこそ気の毒だナと思います。
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 それでは何故ボクはアレルギーを起こす体質になってしまったのだろうか?を
考察してみますネ。
 ボクが生まれたのは終戦から7年たった昭和27年6月です。
当時まだ米軍の統治が厳しい空軍基地のあった町 
旧東京都北多摩群立川でした。
ここまで話して「あっそうか!」と察しのついた人は流石の人です。
 そうです。農薬や除草剤・ 殺虫剤は軍事目的に開発された
恐ろしい化学物質だったのです。
そんな人体だけでなく自然環境にもダメージを与える
危険物が容易に往来出来たのが空軍基地と言うことなのです。
因にちょっと話しは違いますが全国1位のエイズ発症地は米軍
基地のある長崎県佐世保市です。 

 当時ボクがまだ幼い頃 母が米軍のPX(マーケット)から
ココアにコーラやガム・缶詰 骨付牛肉等を持ち帰えりました。
こんな言い方したら 米軍さんからブーイングが起こるだろうけど
残念ながら外人臭いニオイが気になり口に合いませんでした。
でもココアを少しのお湯で溶き生チョコ見たいにスプーンで
食べるのが大好きだったことの記憶は蘇りますから
その時に遺伝子を傷つけた可能性もないとは言えません...?
 それより何よりボクをアレルギー体質にしてしまった第1の要因は
小児喘息のために飲み続けていた薬(塩酸エフェドリン)です。
この薬にも またもや米軍絡みの裏話があり
一時は裁判沙汰にもなりましたが 確かな決着もつかず
現在でも名前を変えて風邪薬やダイエット食品の中に配合され
堂々と薬局で市販されています。
水俣病や薬害エイズの様に大事に至らない
アレルギー性喘息やアトピー炎では対象外と言うことですかネ。(怒)
 しかし この様な化学薬品が実はうつ病予備軍を広げたり
アルコール依存症を増やす外せないキーワードであることは
皆さんも認識しておいた方が良いと思いますョ。

 最後にアレルギー体質の人に症状のきつい人なら
除去食も有効手段かも知れませんが
アレルギーも様々有り物質的抗原だけではなく
精神的ストレスによってもまた天候状況(低気圧・高気圧
黄砂・強風・長雨・干ばつ・温度)によっても異なる発症をしますので
あまりナーバスにならず衣食住をオーガニックな
ライフスタイルに思い切って切り替える事をお勧め致します。
要はまだまだ環境破壊は進み 更に新たなアレルギー反応も
誕生して来ると思われます。
だから病気治しだけに一緒懸命にならないで下さい。
それより健康になった時の準備をしておいて下さいョ。
ボクは有機野菜や玄米を食べて次の時代に順応する
身体と心を準備しておきます。
「いただきアース。」

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2009年12月22日

過去を忘れ新たな年を迎へよう  未来に夢を持って今エコひいきの一歩を

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息をして生きている間 ボクの時間は止まらない むしろ その場を動けない
野菜たちが息づいている間 ボクの人生は決して止まらない。

 正月の棚畠に向かい いささかでも霜が溶けぬかと
冷気に負けぬ 温もりの息を 口をつぼめ勢い良く吹いて見た。
凍りつきこそしないが 白糸の様な細い息では
到底地面まで届く筈もなく ボクは白菜の目線に合わせ膝を屈め しゃがみ込んだ。
「野菜たちよ そして  雑草たちよ 明けまして お芽出とう 
今年も 宜しくお願いしますネ。」
当然 暖かい息も届き 植物たちからも 新年のメッセージが届く。
「思いが届かなければ届く様 自らが動けば良い! 人はそれが出来るんでしょ。」
「おいおい!2010年も 天はまだ そんな試練を 
ボクにお与えなさるのかい? 
 後3年で還暦なんだぜ...! はいはい!解りましたョ。」
 権現様の高い木の上から 朝食を覗きうかがうトンビが 
自問自答しているボクに一鳴き
「ピーヒョロロ~~。」
「何んだいトンビさん! そうかい そうかい お前も腹が減ったのかい?
 この国もデフレで消費低迷 貧困率も上がる一方なんじゃ 精々お前さんも
鼻を利かせ エコひいきな おまんまに ありつける良い年をナ...。」
「ピーヒョロロ~~。」

 のどかな田舎の正月をよそに TVのリモコンをオンすれば
人口六九億になろうとして 呼吸を重ねる人類の足並みは 
驚くべき膨張を続けています。
地球が危ない!地球を守ろう! なんてメディアは騒いでるけど
いきものの生存が危ないんで 地球が危ない訳ではありません。
環境破壊が及ぼす 生物危惧種の絶滅は人口増加エリアに集中し 
金が儲かりさえすれば良いだけの ビジネスが 開発の名のもとに
熱帯雨林や広大な森を切り刻み 川の水を枯渇させているのです。
お金を儲けることは いけないことではありません。
但し もうとっくにエコ時代に 入っているのですから
自然環境に配慮し むしろ 保全してゆく様な循環型産業に 
儲けたお金を投資して下さい。
因に年間約20万種の動植物が 地球上から姿を消しているのが 
超リアルな現実なのですョ。
 さて皆さんどうしましょ?
どうしましょって...言われても 正月早々急に振るナョ!。(笑)ですネ。
ボク等一般ピープルでは 直接何も出来ないですもんネ!
でもボク等は そんな情報を 見たり聞いたり調べたりして
何等かのエコひいき行動に 移すことが出来ますョネ。
けれどその情報すら得る環境も 状況も ましてや教育制度も 
整備されていない国で 人口が増え続けているのです。
人口と言ってしまうと 何だか数字的で無機的ですが
何の罪もない赤ちゃんが 沢山産まれているのですから 
切なくなると思いませんか?
 おっとっとっと! たいぶおとそが回ってきて 泣き上戸の天波が 
出てしまいそうです。つづきは明日書こうっと(泣)

 改めて謹賀新年 おめでとうございます。 いよいよ2010年ですネ!
2010年と聞くと連想して 思い出すのが『続2010年宇宙の旅』と
アーサーCクラーク脚本でキューブリック監督のSF映画の最高傑作『2001年宇宙の旅』です。
どちらかと言えば1968年に 初上映された1作目の方が 
強烈なインパクトがありました。
 まだ高校生の頃 再上映で 見たのですが SFファンの 
バンド仲間で入った「名画座」
タイトルと前振り情報に 期待を膨らませ幕の開くのを
待っていたことを覚えています。
ところが映画が始まって驚き! 
ストーリーは何だかさっぱり 解りませんでしたが 
映像と特に音楽に引き込まれてゆく 初体験のボクがいたのです。
宇宙と言う基本的には 音のない未知の世界で 不安と期待が唸るサウンドは
ボクの細胞の一つ一つと 勝手にコンタクトし始め 頭の中で星の数ほどの音の粒が
グルグル幾つもの渦を巻き 無意識に記憶されたのです。
 あれから10数回見ましたが 見る度深い映画だナと思います。
後に知ったエピソードですが 封切り前に音楽を担当した
偉大な二人の音楽家の作品を キューブリックが急きょ没にし
独断で あの冒頭の音楽リヒャルト・ストラウスの作品
『ツァラトゥストラはかく語りき』や
木星に向かうシーンではヨハンストラウスの『青きドナウ』に
そして 全編をジョルジュ・リゲティーのクラシック曲に 
突然変更してしまったそうです。
その作曲家の一人が ボクの大好きなピンクフロイドですが
没になってしまった作品は 後にアルバム『原子心母』として 
リリースされました。
もう一人はアレックス・ノースと言う作曲家で 
こちらも録音まで出来上がっていたのですが連絡もせず没! 
本人が知ったのは試写会の時だったそうです。
しかし こちらの作品も本人の没後 ボクの尊敬する
作曲家ジェリー・ゴールドスミス(代表作サルの惑星・
パピオン・スタートレック他)の手によって
日本でも1993年にデストロイド・バージョンとしてCD発売されました。
 古い作品ですが映画好きな人は年月を追う程に数々の賞を授与する
傑作中の傑作映画『2001年宇宙の旅』と『2010年...』を ご自分の
21世紀を振り返りながらご覧になってはいかがでしょ?。

 新年早々脈絡のない話になってしましたが 最後に新年らしくお目出たいお話を...
『2001年宇宙の旅』の映画が封切られた年の4年後
ボクと心友のムッチンこと西脇睦宏(現在日本のオルゴール音楽の第一人者)の
フォークロックデュオ「丘蒸汽」はメジャーデビューしました。
今から38年も前のことです。
当時は環境問題なんて言う言葉もなく ゴミ問題・光化学スモッグ等を総称して
公害問題と呼んでた時代です。そんな時代丘蒸汽で歌っていた曲は
自然を破壊にしてまでも近代文明の発展を推進する人間共と
矛盾しているけど同じ心を持つ自分達に向けて
警鐘を鳴らすメッセージソングでした。
なんと!その丘蒸汽のデビューアルバム『のすたるじあ』が
今年キャニオンレコードよりCDで復刻されることになったのです。
残念ながらまだ発売日は決定していませんが 
解り次第 お知らせしますネ。ごめんなさい。
ボクにとってのお芽出たいお話でしたネ。
でも年月が経つ程評価が高まる『2001年宇宙の旅』の様な
作品作りを目指していた丘蒸汽のボク等にとっては
「してやったり!」と言う満足感と充実感が溢れて来る
ハッピーなニュースでしたので皆さんにもお裾分けです。
もし発売されたら皆さんも応援して下さいネ。

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 さて今年の干支は寅(トラ)ですが 動物の虎の字でなく
寅の字が使われるのは何故かと思い調べてみますと
寅の字の本来意味することは引(のばしひく)と伸(のばす)と同系語だそうで
漢書では 草木が伸びはじめる状態を現す解釈だそうですから
ボク等が地道に蒔いたり植えたりして来たエコ社会への
祈りの種や苗が 枝を伸ばし葉を茂らせ始めるのですネ!
そして立派な樹になってゆき葉の影になる旧態以前の産業や
職業もゆっくり年月を掛け自然淘汰してゆくのでしょうネ。
次の寅年の年には どれぐらい変わっているでしょうかね? 
皆さんにとって良い1年であります様に
「いただきアース。」

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